読書感想文「古都(川端康成)」

なんて美しい。なんて儚い。この本を読み終わったとき、まず最初にそう思いました。捨て子ではありましたが商家の娘として大切に育てられた千重子と、ふたごであった生き別れの妹の苗子が祇園祭で出会い、お互いに惹かれていくさまが本当にありありと描かれていました。

 

重子も苗子もまるで華のように可憐な娘なのに、いやらしさというか汚れている部分がまったくと言っていいほどなくて、現代の小説には描かれることがないほど清純すぎる美しさにうっとりしました。「上のすみれと下のすみれは、会うことがあるのかしら。おたがいに知っているのかしら。」

 

と花を見て千重子が思いふけったり、男の人が横になっているだけでなんとなく恥ずかしくて嫌だったりと、しぐさや端々にあらわれる千重子の少女らしい無垢さ、美しさが印象的でした。苗子も、自分のための帯を秀男にもらって、その場で開けてみては失礼だと知っていながら、帯を早く見たくて開けてしまういじらしい行動にも心打たれました。

 

養女として美しく「お嬢さん」として育てられた千重子と、村の山働きで着物もろくに着れない苗子のあいだには明らかな身分差異がありますが、苗子はその差異をひとめ見ただけで敏感に察知し、自分のせいで千重子の幸せを壊すまいと安易に近づいてきません。

 

 

 

自分と同じ環境で育つはずだったのに、一番にわかり合える相手になるはずだったのに、二人の間には育った環境があまりにも違いすぎたために明確な境界がへだてられてしまっていることが悲しくてなりません。さらには千重子と間違われたことがきっかけで秀男に結婚を願われるも「秀男さんは、お嬢さんの幻として、苗子と結婚したい、お思いやしたんどす。

 

娘のあたしには、はっきりわかります。」となめらかな京ことばで苗子は繰り返します。こんなに清純な娘が、身替わりのような扱いを受けたことにどれだけ傷ついたか、千重子もまた自分だけが血のつながった母親に捨てられてしまったことがどれだけ寂しいか、2人の心のうちは直接語られずに物語が進んでゆくのが切なくて仕方がありませんでした。

 

古都の情緒と情景と混ざり合って、苗子の奥ゆかしさがじんじんと染みわたってまるで演劇を観ているかのような、絵画が目の前にあるかのような錯覚がありました。この本は、本なのだから1人の作家がこの2人の会話を想像して描いているのは間違いないのですが、それでも千重子と苗子は紛れもなく生きていて、どこまでも自然体なのでこの本のなかに2人を生み出した神様を感じずにはいられませんでした。

 

「お嬢さん、これがあたしの一緒の幸せどしたやろ」という苗子の言葉は、まるで身を投じた恋に決別をするかのように悲しく、余韻を残した言葉となり、それもまた苗子らしく、美しく強くて心を動かされました。

 

(20代女性)

 

 

 

 

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1 件のコメント

  1. 京都好き より:

    千重子と苗子が祇園祭の時の御旅所で七度まいりする日は宵山ではなく17日の神幸祭から24日の還幸祭の間の日でなけばならないはず。
    最近、京都に興味を持ったので、「古都」の宵山の時の七度
    まいりするくだりを読んで、宵山の御旅所にはまだ八坂神社
    の神様はいませんと気が付きました。
    新聞連載から本として出版する時、かなり手直しをしたと「あとがき」で川端康成は書いているが、新聞連載の時に誰も宵山ではお旅所にはまだ神様がいないということに気が付く人がいなかったのだろうか。
    ちなみに、御旅所に祭られる八坂神社の神様は3つの神輿に
    おられます。

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