大人になっても、ずっと心に残っている本というのがある。この本は、図書館で何度も借りて読んだ。表紙や、中表紙、挿絵もとても素敵で、わくわくした。
ある日、どうしても自分のものにしたくなり、当時、お小遣いというものを貰っていなかった私は、本を買う、あるいは買ってもらう、ということは思いつけず挿絵までそっくり書きうつしたほどだ。少しわがままで、甘ったれで、臆病な女の子が、ふっと異次元に迷い込む。そこで出会う人、出会う出来事で、成長していく。
よくあるストーリーではあるのだろう。それでも、もしかしたら、自分にもこんなことが起こるかもしれない、とドキドキしながら何度も主人公と共に、霧の町へと出向いた。いじわるなテストと感じたところでは、私ならもっとうまくやれるのに、と思ったりお菓子を選んでいいよ、という場面では、私ならこっちを選ぶわ、と思ったり主人公がひと夏を過ごし、もとの世界へと帰るときになり、「さよなら」ではなく、また出向くことが出来るのだ、という展開で終わり・・・。
魅力的な霧の町と、その住民たちと、また出会うことが出来るのだ、と物語が終わっても、その先のエピソードまで思い起こせるようでああ、終わりじゃないんだ、と安堵した事を思い出す。私の少女時代を彩ってくれた、霧の町。
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そして、時が過ぎ、私は仕事を始めた。自分でお金を稼げるようになり、沢山の本に出会い、本屋さんに行くのが楽しみの一つ。大人向けの小説や雑誌を目当てに、あるいは、誰かとの待ち合わせの時間つぶしに。そして、再会した。
子供向けの、普段は目を向けない一角に。懐かしい霧の町、少しあせた色遣いの、グレーのレンガの石畳。トランクと水玉の傘を手にたたずむ、主人公の姿。押し抱くように抱えて帰り、ゆっくりと読み返した。
長い長いお話しと思っていたが、次々と出てくるキャラクターとのやり取りは意外と短い。子ども時代には気づかなかった設定もあった。しかし、やはり感じていた濃密な色どりはそのままで、夏のむせかえるような日差しであったり、憧れていたレースの洋館の風景であったり、少し切なくて、不器用で、優しいひとたちの姿だった。
霧の町に出会ってから、今まで。私の憧れのルーツの断片が、そこにあった。そして、今も泣けるように美しい夕焼けに出会うたびに霧の町のラストシーンを思い出す。大人になってからでも、出会い直したい本。場所。それが「霧の向こうの不思議な町」である。
(40代女性)
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