どんなに主人公の光一が可哀想でも、動物虐待をしていい理由にはならない。
同級生の沙紗が言っていたように、光一が許される日がくることなど、絶対には認めたくない。と、はじめは腹が立ってしかたなく、この小説を読んだことを後悔したくらいだが、どうしてこんなに不愉快な気持ちになるのか、自分でもよく分からなかった。そして、すこしして分かったような気がする。
多分読者の多くは、父親を許せなくても、光一のことは同情して、大目に見ようとするだろう。そう思うのは、光一が殺したのが、人でなく動物だというところが大きく、でも悪質さや残酷さでいえば変わらなくて、むしろ光一のほうが性質が悪いのだ。
子供と動物、弱い立場であることは同じでも、光一が裁判に訴えることができたように、そうやって子供にはまだ自分から助けを求めることができ、それ相応の報いを相手に受けさせられるが、動物は裁判を起こせないし、相手の人間が裁判で罪に問われたとしても、大した罰は与えられない。実際、法廷の場で、父親は捕まり、光一にはお咎めがなかった。
対象が動物と人間とでは、罪の重さも変わるのも当然のように思えるが、どちらも虐待して殺したことには変わりない。なんなら動物のほうが、法で裁かれないからこそ、そう高をくくって暴力をふるい、手にかけたとも捉えられ、もっと卑劣に思える。
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暴力をふるったとき、人はかっとなったとか、感情がおされられなかったとか言って、したくなかったのにしてしまったというように言い訳するが、本当にそういう状態だったのなら矛先を向ける相手を選んでいる余裕はないはずで、父親は会社の上司や同僚に光一は学校でクラスメイトや先生に、場所も選ばないで突発的に殴りかかってもおかしくない。
そのはずが、家という周りの目が届きにくい場所で、父親はまだ親が必要な年齢の子供を光一は言葉の話せない犬をと周囲にばらす危険性のない相手を選んでいるあたり、冷静だし物事の判断を正常にできてもいる。虐待をしたくないのにしてしまうのでない。
ばれなければしたいのだ。だから、もし家に防音の部屋がなければ光一はしなかったかもしれない。ただ、その理由は良心が咎めるからでなくばれるのが嫌だからで、要は光一にとって重要なのは、犬の受けた心身のダメージではなくばれるかばれないかなのだろう。
普通なら、痛めつけられ怯える犬を目の当たりにして、怯んだり躊躇い、もうやりたくないと思うのではないのか。すくなくとも自分なら、自分が平気で暴力をふるうような、悪い人間だとは思いたくなくてなりたくなくてやめると思う。もちろん、ばれたくもないがあくまで自分の中でもう一人の自分がなんて悪い奴なんだと責めているのであって、周りに責められるまでもなく自分が悪いのだと分かっている。
ばれない以上やりつづけるということは犬に申し訳なく思っていなく、そういった自分で自分を責める声も聞こえてこないのだろう。唯一ばれることを気にしているのにしても、自分が悪い人間だと知られるのが恐いのでなく人に責められ法に罰せられることではじめて自分が悪いということになると考えているからではないかと思う。逆にいえば、責められ罰せられなければ自分は悪くないと判断するのだ。
その理屈でいくと、今回の裁判で有罪にならず周りの人間に責められなかった光一は、怯えるばかりで刃向かおうとしなかった無力な動物を一方的に虐待し殺したにも関わらず、自分は悪くないと思っていいということになる。自分は罰せられるべきだなんて光一はしおらしく言うものの、自己嫌悪して罪悪感を覚えるのは当たり前で責められ罰せられないと感じられないというのなら、やはり自分では自分が悪いとは思えないということなのだろう。
言っては悪いが、被害者意識がそうさせるのではないかと思う。父親にひどい目に合わせられて辛い思いをしてきた分、自分がなにをしても許されるべきだという。おそらく光一の周りの人間も、読者も、光一の犬への虐待の一因には父親による虐待があり、情状酌量の余地があると見ている。
でも光一が父親の虐待を告白しなかったら? がらりと光一を見る目が変わるはずだ。父親の虐待と光一の虐待は関係があるようでない。父親の虐待から逃れたり、気を紛らわすのに犬を虐待するしか選択肢がなかったということはないからだ。
よくよく考えると、父親に虐待されたからしかたなく犬を痛めつけたとの理屈は通らない。わざわざ防音の部屋でやっていたなら尚更、衝動的とは言いがたく、どころか悪知恵が働いているようにさえ思える。この物語がどこまで意図しているのかは分からないものを一見理屈が通るように思い、しかたなかったのだと納得してしまう光一の周りの人間や、読者を、光一が嘲笑っているような錯覚がするのだった。
(30代女性)
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