読書感想文「高学歴なのになぜ人とうまくいかないのか(加藤俊徳)」

まず、タイトルに物凄く惹かれて興味を持った。自分は学歴はまあよいほうだが、いつも誰とでもうまくやっていけるわけではない。もちろん人間なので、ありとあらゆる人とうまくいく人など滅多にいないだろう。しかし、自分にとって物凄く居心地のいい相手や所属場所と、自分にとって非常に苦手とする相手や所属場所の落差が、周りの人と比べて大きいような気がいつもしていた。

 

自分が苦手とする人とも、それなりにでもよいのでせめて今ほどの苦痛を感じずに接することができればどんなに楽だろうと、常々感じていた。また、自分の身近な人で、自分よりも高学歴だが非常に利己的かつ高慢な人物がいる。高学歴tということは知能は高いだろうから、もう少し今の状況や相手の立場を斟酌してふるまえばよいのにと思うが、どうもそれができないらしい。

 

また逆に、自分の身近な人で、お世辞にも高学歴といえない人でも、思いやりがあり、機転が利き、周りの状況に応じてこれ以上ない適切な言動ができる人もいる。かつては、よく学んだ賢い人ほど人間的にも成熟した人格者であると思い込んでいたときもあった。もちろんそういう人物もいるが、必ずしもそれが全てではないと、感じることが最近は多い。そしで、この本と出会った。

 

 

 

非常に面白かった。著者は医師であり、脳科学者である。様々な人の脳をMRIで測定すると、学業に秀でた人は脳のこの部分、世界的なアスリートは脳のあの部分が発達していると、客観的なデータに表せるという。高学歴な人は小さい頃からストイックに勉学に励んできた場合が多く、そのため脳の他の部分の発達を差し置いて記憶系と思考系の脳だけを徹底的に鍛え上げてきたことになるらしい。

 

もちろん、高学歴が悪いといいたいわけでは全くない。様々なことを広く深く学んでいくことは成長につながり、好ましいことだ。しかし、「記憶系と思考系だけ」しか鍛えていないというところが問題らしい。脳がすべてを論理や言語で処理しようとするために、言語化されていない「その場の雰囲気」であるとか、言語化されていない「表情や微妙なニュアンスによるコミュニケーション」という抽象的な事象の処理が非常に苦手で、その結果、空気がよめない言動になってしまうらしい。

 

なるほどと、物凄く合点がいった。高学歴な人は、受験競争で「勝ち抜いて」きたり、就職や社会活動で「成功を収めて」きたりしたために非常にプライドが高くなっており、学業であったり経済活動で秀でた人こそ偉い、という価値観に偏りがちなのではないだろうか。しかし、学業や経済活動が必ずしもふるわなくとも、人生において大事なことをしっかりとでき、本当の意味で幸福な生き方をしている人も多いのではないだろうか。

 

この本を読んで、周りにいる高学歴だけど人とうまくいかない人の特性をよく理解したことで、そのような人に攻撃的かつ理不尽な対応をされたときの不快感が減った。この人はこういうタイプの人だから仕方がないと、それなりの付き合い方を自分なりに編み出せた。

 

もちろん、学んでいくことは大切だ。学ばないと自分の成長は止まってしまう。しかしこの本を読んで、脳のある部分のみを集中的に鍛えていくことはバランスの悪い人間になることにつながりよくない、ということを学んだ。自分自身、よく学んだ、かつ懐の深い人間になりたいと思い、今まで鍛えてきていなかった脳の部分も積極的に使っていきたいと思った。

 

そのためには、今まで自分が苦手だと思って避けてきたことを積極的に取り入れていくのがよいらしい。歳を重ねるにつれ、初めてのことに挑戦しようという気持ちが薄らぎがちだが、そこを敢えて意識的に取り組んでみたいと思った。

 

(40代女性)

 

 

 

 

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