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読書感想文「チェルノブイリの祈り(スベトラーナ・アレクシエービッチ)」

「チェルノブイリの祈り」の読書感想文

2015年度ノーベル文学賞がベラルーシのジャーナリストで作家のスベトラーナ・アレクシエービッチに贈られた。福島原発事故が起きたときまず私たちが思い出したのは1986年のチェルノブイリ原発事故だったと思う。事故で放出された放射性降下物の量は広島原爆の400倍だとされる。福島と比較してみると炉心に蓄積されていた放射性核種の存在量は福島の方が2倍ほど多い。
 
しかし爆発での実際の放出割合はヨウ素、セシウムで見るとチェルノブイリでは50%、福島では6~7%であった。福島ではその多くが海へ流されたこともあって被害の悲惨さはチェルノブイリに比べると少なかった。福島の事故を思い出してみよう。2011年の福島原発事故のことを。毎日毎日ハラハラしながらニュースの画面を見続けたことを。
 
次々と爆発が起き、電源は失われ、自衛隊のヘリが空中から海水を投げ入れるような原始的な方法しかなくて、技術者も「もうだめだ」と絶望していたことを。なんとか電源が確保でき、危機一髪で大惨事をまぬかれたということを。私たちは運がよかっただけなのだ。一つ間違えばチェルノブイリ事故以上の惨事が起きるはずだったのだ。それでも未だ放射能汚染水は溜まり海へ流れ続けているし、10万を超える人々が故郷に帰れないでいる。
 
ところで私たちはチェルノブイリ事故の悲惨さを本当に知っているのか、原発事故の本当の意味を知っているのか?その答えがこの本にあると思う。アレクシエービッチがこの本を世に出したのは事故から10年後であった。その間、91年にはソ連崩壊がありソ連国民にとっての二つの大惨事の中で彼女は苦悩しつつ自分を鼓舞して被災者に向き合って書き上げたのだ。
 
チェルノブイリ原発は現ウクライナ共和国にあり管理しているのはウクライナである。ソ連は事故後、チェルノブイリ原発を厚いコンクリートで覆い(石棺)数十万の住民を強制的に避難させた。ウクライナは子どもの甲状腺がんの状況を公表し食料品等の放射能検査や医療関係の施設を一応整備した。ベラルーシ共和国もチェルノブイリ原発のすぐ北にあるため大きな被害を受けている。 
 
しかし被害の実態はほとんどベールに包まれたままだ。こうした不都合な真実は西側諸国からも一部の支援者を除いて顧みられることがない状態のまま忘れ去られようとしている。アレクシエービッチのインタビューに答えているのは事故ですべてを奪われた人たち。亡くなった原発労働者や消防士の妻は、事故処理の被曝で死にゆく夫を献身的に介護した。
 
様態の変化はいかなる病状にもたとえられないほど悲惨であった。彼女たちは怒りをどこへぶつければよいかわからず、ただただ夫への愛を語った。避難させられた村人は、見えない放射能の恐怖や国の命令の理不尽さを語った。事故処理に行かされた兵士は、ウオッカの力を借り国家の英雄として行き放射能に侵されたと語った。原発事故はもう一つの戦場だったのだ。
 
医師は、戦争が一番怖いと思っていた、でも戦争は終われば平和が訪れ、生命の誕生という希望があった。チェルノブイリではもう何も無い、見えなくても放射能はあるが、と語った。子どもたちは、希望を持たない、悲しい顔をしている、元気に外で駆け回る夢を見ると。人々はみんなやさしい人たち。祖先を敬い、自然と生き物を愛し、自分からは戦いを好まず従順に運命を受け入れてきた人たち。
 
強い放射能に侵されて死んでゆく人たちの身体の描写は以前写真展で見た旧ソ連のセミパラチンスクの原爆実験被害者を思い出させる。放射能とはかくも恐ろしいもの。この人たちを無知だったと笑う訳にはいかない。結局私たちも同じだった。放射能は半減期の法則に従って減るのを待つしかない。事故が起こらなくても原発の廃棄物は放射能を持ち続ける。
 
この不都合な真実に目をつぶり日本ではもう原発の再稼働が始まった。世界はチェルノブイリを忘れてまだ原発を増やそうとしている。そして日本政府は原発を海外に売るというのだ。何のために?誰のために?経済成長が命より大事なのか。放射能を科学の力で克服できるとでも思っているのか。
 
ベラルーシに住む彼女はこの事故の目撃者であり被害者であり、その暮らしは今なお事故の一部である。「人々は初めチェルノブイリに勝つことができると思っていました。ところがそれが無意味な試みだとわかると口を閉ざしてしまいました。私は訪れては語り合い、記録しました。この人たちは最初に体験したのです。私たちがうすうす気づき始めたことを。…私は未来のことを書き記している…。」と結んでいる。
 
まさにフクシマを予言していたと思う。幾度失敗を繰り返したら人類は賢くなるのか、地球温暖化問題にしても問題をどんどん先送りにしている。「…そして人類は滅んだ、すべての生物を道ずれにして…」そんなシナリオが頭に浮かんでしかたがない。アレクシエービッチをノーベル文学賞に選んだ選考者たちに私は深い見識を感じた。
 
(60代女性)

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