読書感想文「風立ちぬ(堀辰雄)」

タイトルの「風立ちぬ」は、フランスの詩人ポール・ヴァレリーの詩「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」が引用されており、これに対する訳が「風立ちぬ いざ生きめやも」となっている。「風が立った。さあ生きようじゃないか」という逆境に向かう意気込みが込められているように思える。

 

この物語は、主人公の男性と結核にかかった婚約者が、闘病生活のため高原で生活する話である。美しい高原の牧歌的で透明感のある風景と、病院で養生する婚約者の様子がメインで話は進んでく。この物語が描かれた時代は、結核は不治のものとされていて、治る見込みのないものだった。

 

穏やかだった人生の中に、突風のように巻き起った困難、波乱。その突風とは、愛する者が死に至るということであろう。このストーリーとタイトルと照らし合わせると、「消えゆく魂のうちに、最後まで懸命に生きようとする美しさ」がテーマではないかと感じた。そして、この物語には、主人公と婚約者以外の登場人物がほとんど出てこない。

 

この二人以外に「必要な他者はいない」のだ。熱心に看病する主人公と婚約者による、何人たりとも入り込むことはできない、触ることができない二人だけの世界。死が二人を分かとうとする中で、ゆるがない絶対的な関係が、そこにはある。この物語は、懸命に生きようとする婚約者を描くだけでなく、主人公と婚約者の究極的な愛を描いているように思える。

 

文中にある「私たちのいくぶん死の味のする生の幸福」とは、「迫りくる死によって、よりはっきりと浮き彫りになった、日々の一瞬、一瞬に感じられるささやかな幸福」ということだろう。悲しみと愛おしさ。悲哀と慈愛。風のように吹き去ってゆく時の流れや、残された時間を互いに支え合いながら生きる二人を通して、病や死という苦しみと悲しみと、それらをばねにした互いに対する一層の愛おしさと、生きる意志がこの物語には感じられる。

 

(30代女性)

 


 

 

 

 

有名なジブリ映画タイトルの原作ということで手に取った。ライトノベルなど読みやすい文章に慣れていた身としては文体がやや重く、堅苦しい印象を受けた。現代人が読むのであれば先に映画を、とも思ったが中身としても映画は改変が多く、根本は一緒だが別物としてとらえた方が良いだろう。 中身は死に近づいていく恋人との日々をつづった日記といった形である。

 

ただ、単なる日記ではなくきちんと最後まで読ませる力があるというのは興味深かった。というのも昨今の小説のような大きな山場があるわけでなく、心躍るような出会いも、何か困難に立ち向かうような主人公の成長といったものもない。謎があるわけでもなく、危機感があるわけでもない。それでも最後まで読み切らせる力がある、という部分が面白いと思った。

 

また、読後感も、そういった分かりやすい起承転結があるわけではなく、感情も大きく揺さぶられるわけではない為、本一冊を読み切った達成感というよりも、しばし思いにふけるような心持になる。 こういった過去の文学は学生に読書感想文の課題として無理やり読ませるような傾向があるが、ことこの本に関してはなんらかの形に自然と出会い、そして無理やり感想文を書かせるようなことをせずに自然と感じたまま、どこか心に残しておいてほしい物語だと感じる。

 

感受性が高い人であれば何かしら感じるものがあるように思う。 特に気に入っている部分は、恋人の病状にうまく向き合えない主人公が創作の世界へと逃げ道を探す展開だ。大切な人がゆっくりと死に向かうという状況は、あまりにも物悲しく、それでいて叫んだり思い切り泣いたりして発散することができない。主人公は病気の当人ではないからだ。

 

その感情の発散の方法として創作を用いようとする姿が、とても人間臭く見えた。この作品の面白い所はそういった感情の揺れ幅をリアルに描いている点にもあると思う。人の死を単純に悲しいものとしてとらえるのではなく、それまでの過程を悲しいほど暖かく描いている作品だ。

 

(30代女性)

 

 

 

 

 

風立ちぬ

風立ちぬ

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(2012-09-13)

 

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