読書感想文「猫の客(平出隆)」

大きな屋敷の離れを、一軒家として貸しているところに、住んでいる主人公夫婦。そんなある日、同じ敷地内の母屋のほうで、男の子とが猫を飼うと宣言する。そのうち、人を恐がらないが、容易には触らせない気位の高そうなその猫が、離れの家に勝手に入って、休んでいくようになる。
 
といって、離れはペット禁止とのことで借りたから、主人公夫婦は飼っているような心もちをしつつも、あくまで猫を客として意識せざるをえず、猫も猫でずっと居つかずに、男の子が帰ってくるのに合わせて母屋のほうに戻っていく。そんな着かず離れずに、ただ関係性が安定しないからこそ、どこか艶っぽい時間が夫婦と猫の間には流れていたものの、急にぱったりと猫が来なくなる。
 
屋敷に電話すると、男の子が「死んだよ」と。あらためて主人公が母屋に挨拶に行き、猫について二三言葉を交わして、墓参りをさせて欲しいと頼むも、後から電話をしたら、「落ち着いたら」とか言いつつ、もう墓参りさせない心積もりでいるらしく、断りはせずとも決して了承してくれない。
 
理由ははっきりと分からない。傍からすれば、墓参りくらいさせてやればいいのにと思うものを、警戒心が強かった猫が、離れでは気楽に休んでいたと、聞かされた母屋の奥方は、正直のところ、面白くなかったのかもしれない。たかが猫、されど猫だ。動物全般に言えることだろうが、とくに猫に懐かれるか否かによって、自分の人間性や価値が見極められるように思うことがある。
 

 
 
というのも猫に神秘的な雰囲気があるからで、自分が仏か神など、人智外の存在のお眼鏡にかなった人間のように、つい思ってしまうのだ。そこらの目が節穴の人間には分からない特別な何かが、自分には備わっているのだと。そう思いたい願望の裏には、誰も自分のことを分かってくれないという苦悩と寂しさがあるのだと思う。
 
だとしたら猫が本当に嗅ぎ分けているのは、誰かに縋りたがっている人間の寂しさだと、言えるのかもしれない。寂しい人間は自尊心が低い。だから猫が鳴いて擦り寄ることで、自分は選ばれたのだと自尊心が高まり、その快感欲しさにもっと懐かせようと世話を焼いてくれるというわけだ。
 
猫がそんな人の寂しさにつけこむような真似をしているとは思いたくないと、言われそうだが、人間に殺意を抱かれるほどの反感をもたれないようにし、かといって媚びすぎて見下されない加減で喜ばせ、人間以外の動物を中々受けいれないこの社会で、猫の存在を尊重させているのだから、大したものではないだろうか。
 
それに、そもそも問題は、猫をめぐって傷ついたり、嫉妬したりする人間の心もちのほうにある。主人公夫婦には子供がいない。本人たちは気にしていないようで、母屋の男の子の喚き声がよく耳につくし、大家の老婆にとやかく言われる。言われると、どうしても気になるものだし、近くに子供のある家庭があるとつい比べてしまう。
 
とくに奥方は、子供のいない働く自分と、子供がいて専業主婦の母屋の奥方とを、並べて見ずにはいられなかっただろう。おそらく落ちことも多かった彼女に、猫は救いだったのだと思う。猫が母屋でどう過ごしていたのかは分からないとはいえ、あんな子育てと家事に追われきいきいしている女より、余裕のある自分と居たほうがリラックスできるに違いないと、居間でごろんとしている猫を見て、思っていたのではないか。
 
こう考えると、彼女が一方的に僻んでいるように思えるが、母屋の奥方も墓参りを断ったからに、きっと日常的に彼女を意識していた。想像するに、自分には懐かなかった猫が、離れの彼女には懐いていたと知って、それだけ自分が劣っているように思えるのが、我慢できなかったのではないかと思う。
 
もし、日常的に彼女を、女として下に見ていたのなら、尚更屈辱だろう。なんて考えていると、猫が浮気男のように思えてくる。餌場をいくつも持っている猫などは、相当の浮気者だが、それにしても、地球のヒエラルキーの天辺に君臨しているはずの人間が、はるか下位にいる猫の浮気なんかで翻弄されるから滑稽だ。
 
かといって、猫のくせにと悔しがらないのは、もしかしたら、同じ人間相手だと洒落にならない浮気の体験を、擬似的にして、案外楽しんでいるのかもしれない。
 
(30代女性)
 
 
 
 

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