読書感想文「タナトノート―死後の世界への航行(ベルナール・ヴェルベール)」

高校一年生の時、祖父が亡くなった。私が初めて目の当たりにした「死」であった。その衝撃はとても大きく、冷たくなった祖父の身体に触れた時は、悲しみと、自分もいつかは死ぬという恐怖と不安を強く感じた。死とは何なのか。死んだ先には何があるのか。湧き出した不安と恐怖は焦燥感も伴い、私の中で渦巻くようになった。

 

その様な時期に出会った一冊がこの本だった。「死後の世界への航行」というサブタイトルに非常に惹かれ、「いまや「死」は、人類にとって謎ではなくなった」とある内容紹介を目にした私は、この不安や恐怖を克服する答えを求めてこの物語を読み始めた。死後の世界が未知であるからきっと怖く不安になるのだろう。

 

死後の世界を解き明かすこの物語を読めば、この恐怖を克服するヒントを得られるかもしれない、そんなすがるような思いがあった事を今でも鮮明に覚えている。すがるような思いで読み始めたが、その内容は当時の私にはやや難解であった。世界各地の伝承や神話などを引用し、各文化で語られる死後の世界の紹介の様なものが物語序盤では非常に多いのである。

 

歴史好きで、神話や伝説などにも興味はある方であったが、作品序盤の雰囲気もどこか暗く重く、途中で読むのをやめてしまった。数年後、私は大学生になっていた。大学の図書館にて偶然この本を見かけ、再挑戦してみる事にした。やはり、私の心の奥底で、死への恐怖や不安が横たわっていたからであろう。祖父の死からも数年が経過していたためか、前回より落ち着いて読み進められ、最後まで読み終える事が出来た。

 

第一の感想としては「期待外れ」であった。死後の世界への航行の話であり死後の世界を解き明かす物語であったが、天使や死後の世界における絶対的な存在を登場させ、最終的には人々の記憶を操作して大々的なリセットを行うなど、聖書の「ノアの方舟」を連想させるような顛末。

 

 

 

作者の思想の底に、その様な世界観があるからこその展開なのかと、馴染めなかった。この宇宙のどこかに死者の魂がたどりつく具体的な場所があり、その死後の世界で審判を待つ亡者が列をなしているという点も、地獄で閻魔大王の裁きを待っている様な印象を受け、これまで語られてきた死後の世界のイメージそのままであり、私の持つ死後の世界への疑問に対する答えにはならなかった。

 

ではこの物語が私にとって無益であったかといえば、それは違う。この物語で最も印象に残っているのは、序盤の暗く怪しげな死後の世界への誘いでも中盤の死後の世界を航行し秘密を解き明かしていく過程でも終盤の思いもよらぬ結末でもない。最も印象に残っているのは、人々が「死への恐怖」を感じなくなった世界が描かれた部分だ。

 

死後の世界が完全に解き明かされ、人は死んだあと別の存在として生まれ変わるという事が分かった後、人々はどうしたか。僅かな失敗やつまずきで、今の人生をあきらめ、次の人生をやり直そうと、簡単に自殺するようになってしまったのである。死を解き明かす事によって、命の価値がなくなってしまったのだ。

 

恐ろしい世界である。精一杯生き、命を輝かせる事が、無意味かつ無価値なものとなってしまうのである。私の中で「死」は依然として恐ろしく、未知の領域であり不安を掻き立てる。一昨年、祖母も亡くなった。病床で苦しむ祖母の姿や棺に入った固く冷たい祖母の身体は、祖母を失った悲しみと共に死への恐怖を改めて感じさせた。人は死んだ後どうなるのか。その秘密を解き明かし、この不安と恐怖を克服したいのは確かだ。

 

しかし「死」が未知でなくなり恐怖が消えても、私たちは「生」を大事に出来るだろうか「死」に不安を感じなくなった先には、この物語で描かれたような恐ろしい世界が待っているのではないだろうか。その様に感じられてならない。誰にでもいつかは必ず、平等に訪れる死。未知であり恐ろしく、不安にさせる「死」であるが、その謎を完全に解き明かす事は、必ずしも良い事であるとは限らないのではないかと疑問にも思い始めた。

 

私は祖父母の死を経験し、今でも死に対して恐怖と不安を感じている。死んだ後はどうなるのか、知りたいと思う。知る事でこの不安と恐怖を克服したいとも感じている。しかし命を輝かせ精一杯生きる為には、「死」は永遠の謎であるままの方が良いのかもしれない、そう感じさせる印象深い物語であった。

 

(20代女性)

 

 

 

 

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