読書感想文「ショコラ(ジョアン・ハリス)」

ショコラとは、フランス語でチョコレートという意味だというのは世間にあまねく知られていると思う。私がこの本を選んだのも題名が好物のチョコレートだという事と、題名が女性に好まれる内容を予想させたからだ。本を読み始めてすぐ、物語の世界に入り込む事が出来た。
 
この物語の主役は母親のヴィアンヌ。ジプシーで、旅から旅の生活をしている。11歳になる娘のアヌークと共に、フランスの村にやって来た。この母子の登場の仕方が、私の心をわしづかみにした。彼女たちはある日突然北風と共に現れ、村に住む事を決めてしまった。まるで前から決めていたように。
 
大半の人達は、予定なしの状態に堪えられるのだろうか。この点に関して断言する事は出来ないだろう。予定なしで行動できるのは、事態の修正が出来る場合だけだと思うからだ。このヴィアンヌは誰一人知り合いのいないこの村を気に入り、瞬きする間に住む事を決め、大家のアルマンゾの所に行って住居兼店舗の物件を借りるよう手配してしまったのである。
 
ただでさえ保守的な風習の残るこの村で、よりによって断食日にチョコレートの店を開こうというのだから、村人の注目の的になるのも無理はない。村では断食をする期間が決まっており、村長のルノー伯爵が村の規律を率先して行っていた。私はこの男のような生活を出来るだろうかと考えた。村の規則通りに水だけで過ごす事は、かえって人間らしさを欠く事にならないものだろうか。人間に試練を与えるのは、神様ではないと思う。
 

 
 
「怪しい新参者はこの村の秩序を乱すので、村のやり方に従ってもらえなければ、出て行ってもらうしかない。平穏無事に暮らすなら、これまでの生活を昔からの風習に従って営んでいくのが一番。」そう信じていた村長の前に、その考えを覆す母子が現れた。
 
私は、この村の人々の隠された願望を叶えるべく、手作りのチョコレートに託すヴィアンヌを応援したくなった。彼女が拵えたチョコレートは、お店に来た村人の悩みを見抜いているかのようにぴったりで、一口食べると、たちまちのうちに気持ちが溶解し、家に買って帰りたくなるほどだった。
 
私はこの本の中で一番気に入ったのは、アルマンゾという老女が飲んでいたホットチョコレートだ。彼女は糖尿病を患っていたのだが、娘と長い間仲たがいしていて孫息子と会わせてもらえないのが悩みだった。最初は一口も飲もうとしなかった彼女は、ヴィアンヌの説得に負け、そのホットチョコレートを飲んでとても気に入った。それは、ホットチョコレートに赤い唐辛子の粉を沢山入れた物だ。
 
飲むとあっという間に体中が温まるだけじゃなく、若い日の情熱を取り戻し、行動力が増していく物だった。ヴィアンヌのチョコレートレシピは本格的で、カカオ豆を炒るところから始まった。私はそこまでは出来ないけれど、ココアに唐辛子を入れるところを真似することにした。
 
アルマンゾだけでなく、他の村人たちも悩みが解決されてヴィアンヌを受け入れるようになっていった。彼女のような人がいたら、誰でも自分の人生をより良い方に変えていく事が出来るかもしれないと思ったものだ。ルノー伯爵は村人の変化が面白くなくなっていったのは、自分が必死の思いで守っていた風習を、他所者のヴィアンヌがいとも簡単に変えてしまったからかもしれない。
 
かたくなに断食を続けていた彼が、ついに今までの彼の人生の中で一番愚かな行動をとってしまう日が来た。ある晩ヴィアンヌの店に忍び込んだ彼は、腹いせにショーケースにあったイースター用のチョコレートをめちゃくちゃに壊した時、偶然口にしたその味に歓喜の声をあげたのだ。
 
その時空腹だったからか、そのチョコレートに魔力があったのかは誰にもわからなかっただろう。彼は、ショーケース内にあるチョコレートを貪るように食べ続けた。私は、この時初めて彼を同胞だと思えるようになった。夜が明けたあと、彼はまるで母親の乳を与えられた乳児のように恍惚としていた。ヴィアンヌが店に来た時、彼女は以前からこの事が起きるのを予期していたかのように、彼の行動を許し和解する事が出来たのだ。
 
この作品は、一粒のチョコレートがある村の人達の世界観を変えて、村全体を幸福に導く話だった。人間は何がきっかけで自分の人生の舵を握るようになるかわからない、そんな事を考えさせられた。
 
(40代女性)
 
 
 
 

ショコラ (角川文庫)
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