「ぐでんに候 けんか安兵衛事件帖」の読書感想文
時代小説を初めて読んだ。実在の堀部安兵衛の若き頃。主人公の安兵衛が江戸の町で喧嘩やもめごとがあるにつけ解決してく爽快なドラマだ。私がこの安兵衛ことやっさんに、惚れ込んだのは言うまでもなく女泣かせなキャラクターだったからだ。
着流しで浪人、なめくじ長屋に世話焼きおっかさんと暮らしながら、酒がめっぽう強い。殺陣もいける。このやっさんのように人情を重んじて私が今、生活しているかと思わず反省してしまいたくなるものだ。少しの人との食い違いで不快な思いを相手に抱くこともある。
そして江戸は良い時代だったなぁと思わせてくれるのだ。江戸の喧嘩と火事は~という言葉があるが、その通り昔から人間関係のもめごとはあったのだ。しかしそこには番屋が介入するほどでないものの、いさかいをさらりと解決してくれる人が存在する。そして仲たがいしていた者同士が理解しあえるのである。
江戸も今の時代も、もめごとがおきるのは一緒なのだ、自分のまわりでも近親者ともめごとをおこしてばかりいる。こんな時やっさんが居てくれたらと思うのである。やっさんだったら、こんな時、どんなアドバイスをしてくれるのか、とふと冷静に考えることがあるのだ。
人は人とお互い支えあい、また、ある時はつっつきあうものだ。ある程度の距離感をもって、上手に腹6分程度で付き合いながら、幸せを感じていきたいのである。近親者であればあるほど、そういう間柄でいたいものだ。相手にぴったり依存してしまったら、裏切られたとか裏切ったとかいう感情が芽生えてくるからだ。
嫌な人間がいたら距離をおいて、しかし、無視をせず付き合っていこうと思うのである。やっさんが、酒がめっぽう好きで、ぐでんぐでんに酔ってしまう時もあり、またこれが人間完全無欠な人はいないんだなと、ほっとさせてくれるのだ。時には3年越しの仇討ちに江戸にきた人物が登場するが、これは江戸ではならではのもの、今の時代では仇討ちは許されない。
仇討ちしたいほどの憎しみの気持ちを持ち続けることは当人にとって、とても苦しい日々だったと思う。憎しみの気持ちを抱くことは当人にとっては大変不健康なことである。3年越しで仇を討つと決めて相手を探し出す。その間の当人の生活とはなんなのか、仇をうつことにのみ明け暮れて相手を探し回るのは果たして意味があったものか、江戸時代が仇討ちを許していたのだから、その時代の人間を自分がどうこう言ってはいけないのかもしれないのだが少々切なくなるものだ。
ここで自分は相手を「赦す」ことを心がけたいと思ったのだ。やっさんが騒ぎを解決して、「心さえあれば誰もが分かり合える。」とつぶやいている。やっさんのような仲介役がいなくとも自分のこころに「赦す」気持ちを持ちたいものだ。人は誰しも過失もある、意図的に陥れようとする者に出会うことは少ないのだ。そういうとき「赦す」ことをしたいと強く思うのである。
人には、それぞれ良心があるのだ。その良心がどんな人物ですらあることを信じてお互い理解しあっていけることを教えてくれるところが読んでいてほっとするところだ。人を信じよう、また嫌な目にあうことがあっても「赦す」気持ちを持ちたいと思えるのだ。人と人が分かり合えることほど素晴らしいことはないからだ。
これは世界でも通用することだ。世界の皆が人種や民族を超えて分かり合えることを多くの人が望んでいるのに一部の人間たちによって戦争やテロが勃発している。残念で仕方がないがせめて自分だけでも小さな力でしかないが、自分とつながる人達を大切にしたいと思える。
(40代女性)
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