読書感想文「「人間嫌い」の言い分(長山靖生)」

私が「「人間嫌い」の言い訳」という題にひかれたのは、私自身が子供の時から人付き合いが苦手であったことが関係しているのかもしれない。社会にでて会社に勤め、否応なく人付き合いをしてきて40年がたち、いま60歳となって人間嫌いの根拠を見つけようと手に取った。

 

著者は、自分の人生の中で文士になりたいと願ったりフリーライターとなっている現状の中から、「人間嫌い」も一つの生き方であることを表現している。日本人の”赤信号みんなで渡れば怖くない”ということについても疑問を提している。

 

団体行動を強制され社会にでて会社に入って団体行動をすることを前提に、学校では団体行動が善で一人でいることは悪とされる。友達は多いほどその人の価値があがり、友達がいない人は低くみられる。そのため、多くのことをひと付き合いに浪費し、自分にとってなにが大事かを見失っていしまう。

 

 

 

団体行動を否定するものではないが、それも個人個人の在り方で一人生きることも悪ではない。そのために起こるリスク、一人でいることによる寂しさは耐える覚悟が必要といっている。結婚しない人々を現代社会の問題点と言わず、「人間嫌い」が影響しているのではないかと考えている。

 

現代の独身男女は「つるむ生活」を恐れ、これを回避しようとしていると説いている。彼らは自覚の薄い人間嫌いではないかといっている。これは、今後の問題であると…。

 

私は現在62歳になろうとしているが、ひとは晩年に強い人間嫌いであるといい、大なり小なりみんな人間嫌いとなるそうだ。私はこれに共感もするし少し心が楽になるように感じる。定年はつるむ人間にも人間嫌いの人間にも等しく訪れるし、定年になって「会社は冷たい」などと言い出すのはつるむ人間だとしている。

 

会社で働くということは、仕事を工期や間違いなく処理することで給料を得ているが、それが自分の人間関係のすべてであり生きがいであるつるむ人間にとっては、リストラや定年は鬼門としている。私自身もあまり時間が残れされていないので、世の無常を感じ孤独をかみしめて生きていくすべを獲得したいと思っている。

 

晩年を幸福に暮らす秘訣はいかに人間嫌いになるかにかかっているという意見に同感である。現代の大人は、老いることが下手になっているという。若者がなかなか大人になれず自立できないのと同様に、大人は大人で自分の老いとうまく付き合えず、自分の身の丈にあったリタイヤができなくなっている。

 

つるむ人間はともかくどこかの組織に帰属していないと不安である。だからリタイアした後も、どこかに帰属しようとする。生活のためのお金を稼ぐということもあるかもしれないが、リタイヤの時期にある私にとっては心して記憶しておきたいと思っている。

 

リタイヤしてもつるむ人間は、地域の仕事や碁会所などで会社での競争心を出してしまい、うるさい存在となるそうだ。今後、「人間嫌い」も心にとめて生きていきたい。「人間嫌い」を否定せず、一つの生き方であることを理解することで晩年の在り方について考えたい。

 

(60代男性)

 

 

 

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