読書感想文「源氏物語(一)桐壺―末摘花(紫式部)」

源氏物語は、日本人なら誰もが知っている光源氏と沢山の女性との恋模様を描いたラブストーリーである。好きなキャラクターも多い。私は藤壺と光源氏の恋模様が特に好きだが帝と母の桐壷の恋愛がもっと好きである。

 

現代に生きているとドラマのような恋がしたい、誰かに愛されたいと思う女性は沢山いるだろう。好きな人と一緒になることが仕事よりも素晴らしいと描く作品もとても多い。しかし、この桐壷を見ていると王宮に入り帝に寵愛を受けても幸せになれない人間もいるのだと感じさせられる。

 

帝に愛されれば愛されるだけ身分が低いと言うだけで疎まれるというのは何とも不憫な話だ。しかし、病で亡くなってしまう妻を持つ帝もまた不憫である。愛する人間が身分が低かっただけで愛する人を間接的に気づ付けてしまうなんて本当にかわいそうである。

 

しかし、帝がいかに桐壷を愛していたかが作品中から伝わってきて本当に素晴らしいと思う。愛情をここまで感じる作品も少ないが、生前は二人がいかに仲睦ましかったかがよくわかる。桐壷が死んでからの帝を見る限り、桐壷は帝の分身のような女性だったのだろう。

 

 

 

だからこそ、彼女の死後ほかの女性を受け入れることもできなく、また政にも支障が出てしまうのはよくわかる。また、藤壺を迎えるのもわかる。そして、私は帝の愛情として嬉しいのは藤壺と桐壷はやはり彼の中では違い、光源氏が成人になるときに桐壷を思い出し涙をするシーンを読み帝は本当に素晴らしい旦那だと思う。

 

ここまでも桐壷を愛する帝は素晴らしい男性だと思う。また、桐壷がいかに特別な女性だったかもよくわかる。桐壷の母に帝が手紙を送り桐壷への想いをつづる部分も本当に好きである。女性を引きずるのはよくないという考えもあるが、ここまで愛すると美だと感じてしまうのは私だけだろうか。

 

死んでからも宮中の女人たちに嫉妬をされるというのは女性としては理想かもしれない。紫式部の本当に人間の愛から憎悪まで綺麗な部分と汚い部分の両方の表現に説得力があり、一人ひとりのキャラクターが作品で生きていると感じた。

 

帝や桐壷に限らず光源氏や藤壺などもそうである。だからこそ1000年以上経った今も愛され続け、今では他の言語でも訳されて読み続けられていくのだろう。愛というのはいつの時代にもあるものだが、1000年前でも男と女の関係が変わらないことを書物を通して知ることが出来て良い読書となった。

 

(30代女性)

 

 

 

 

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