読書感想文「高瀬船(森鴎外)」

この物語は非日常な内容ではあるが、そこに絡んでくる喜助という少し変わった罪人を通して死についてを考えさせられる作品である。この作品の面白いのはこの船が流刑になった人間を乗せる船であり、その船主が視点であることである。この作品を読んできっと多くの人は死について、そして悪についてを考えると思う。

 

もう一人の主人公である喜助は罪を犯して高瀬船に乗るが、この罪というのが自殺を失敗した弟の死を手伝った罪である。高瀬船に乗る人間は人を殺めた人間だけではなく、男女で自殺をはかって死ねなかった人などもこの船には多く乗っていたようだが、作中にもあるように喜助は晴れた顔をしてこの船に乗っていた。

 

両親のいない喜助にとっては弟が唯一の親類であるから、一般的に考えれば泣き崩れたり寝込んでしまうだろう。病弱な弟が希望をした死をどんな気持ちで喜助は手伝ったのであろう。作中でも喜助は弟が自殺を図ったのを見つけた時には医者を呼ぼうとしていた。しかし、弟の希望を受け入れて天国に連れて行ってあげるのだ。

 

弟の体温や重み、そして彼の手や衣服には弟の血が大量についていたのであろう。ただ、一緒に苦楽をともにして誰よりも大切にしていた弟の望みを叶えることができたからこそ、喜助は他の罪人とは違い晴れた顔で船に乗ることが出来たのではないだろうか。また、今まで手にすることのできなかった銅をもらい、知らぬ土地で一から始めようと決意した表れが彼を前に進ませたのでないだろうか。

 

今まで生きてきて喜助は決していい暮らしをしてきたわけではなかった。そして、牢屋に入ると食事は出るし、流刑されるときには銅がもらえたという。それ以上に世の中での暮らしは厳しいものだったのだ。だからこそ、これをきっかけに新しく生きて行こうと思うことが出来、明るい気持ちで船に乗ることが出来たのだろう。

 

私は喜助が流刑されて良かったのではと思う。それは、弟とともに暮らし、弟の死んだ家で一人で暮らしていくことを考えると流刑されて厳しい仕事があるかもしれないが、誰も知らない土地で生きていくことの方がよほど明るい未来が待っていると思う。

 

また、この時代の領主が何を考えているかはわからないが、銅を与え流刑されることで生きて報いることができるだろう。もし、喜助が罪を償わなければならないとすれば、弟の分も生きて幸せになることだと思う。そして、喜助自身もそのことを理解して船に乗っているのではないかと思った。しかし、罪と言うのは判決を付ける人間がいるからこそ白黒はっきりとしてしまうが、正義と悪は紙一重であり、誰かが裁くことではないものなのかもしれないと改めて考えることが出来た。

 

(30代女性)

 

 

 

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