読書感想文「檸檬(梶井基二郎)」

この作品を読むと肩の力が抜ける。どうしても社会の中で生きていくと、自分の評価を気にしたり他人と違うことを恐れたりしてしまいがちになる。もちろん私もその一人である。失敗を恐れて、でもどこかで人から評価されたいという気持ちがある。

 

しかし、人の良さは時に評価をされないし、もしかしたら時代が違ったり場所が違うだけで評価が変わるかもしれない。この本を読むと正解を踏まなくてもよいんだということを感じることができて嬉しく思う。主人公である「私」が街で見つけた檸檬に感銘を受け、今まで感じていた景色が一瞬にして変わるというのは私にも似た経験がある。

 

まさかこんなことを書く作家がいることに何よりも感銘を受けた。私はこの作品の最後の部分の「私」がお店に檸檬を飾って帰る部分が好きなのであるが、人によってものさしが違うのだということがここまで面白いことなのかと、この本を読むまで考えることが出来なかった。

 

でも、この作品を読んで自分のしたことやたわいもないもので、誰かが救われたり救ったりしたらいいなと思った。檸檬という本当にどこにでも手に入るもので「私」の世界が変わったように、私も自分の生活の中から新しい感情や感覚を発見してみたいと思う。

 

もしかしたら、まだ知らない感情などに会えるかもしれないと思いわくわくしながら読んだ。また、この作品のあっさりとした感覚と特別に明るくない展開が私はとても好きだ。このはっきりとした感情が描かれたメッセージ性も好きだ。ストーリーがあると感情移入もしやすくて、泣いたり怒ったり出来て楽しい。

 

それこそ決して高級な敷居の高いものではなく日常にある風景が描かれていて誰もが感じたことのある感覚を描写しているのが魅力的なのである。そのため、余計に檸檬という単語が出てくるだけで檸檬のすっぱい味覚や鮮やかな色、さわやかな匂いまでも感じられる作品だと思った。

 

まるでフランス映画のような写真を切り抜いたような作品だと思う。「檸檬」は日本の文学界では名作中の名作と言われていて外国語でも訳されて発表されているが、本当に名作だと読んで改めて思った。素敵な言葉では表現できないが、人間の日常をここまでもさらさらと表現している作品はないと思う。

 

日常が見えるからこそ多くの人に評価をされているのだと私は思う。私自身がこの作品を読むことで日常が楽に考えられるから好きな作品なんだと思う。

 

(30代女性)


 

 

 

 

冒頭の陰鬱さ。身体は病の苦しみと戦い疲れ、生活は貧困、そして精神は鬱々として救いようのない暗さが冒頭には満ちている。その辛さや苦しみ、鬱々とした気持ちを振り払おうともがく語り手のなんと気の毒で健気なことか。

 

読んでいるうちに“清貧”と云う言葉が浮かんだ。貧しくとも、病に犯されようと一握りの自尊心が滲み出て来ていて、それがなんとも心地良いのだ。見た目は何の変てつもない若い男なのだろう。しかし、心の奥底に何か狡猾かつ美しいものをもっている。それは何なのだろう?それが気になり冒頭の陰鬱さで心を押し潰されそうになっても読み進められる理由である。

 

語り手の“心惹かれるもの”の描写についても美しく、私も「うん、それ、私も好きですよ気が合いますね」「へえ、おはじきを……今度私もやってみようかな」などと本の中の主人公に語りかけたくなる衝動に駆られるのだ。そして重暗い、陰鬱な冒頭、それが木っ端微塵にふきとばされるあのラスト。

 

そうか、あの鬱々とした暗さはこの為に在ったのか。それはシミと虫食いだらけの古びた水墨画が一瞬にしてカラフルなポップアートになってしまったかのような、暗く寒い雪山から突然花咲き乱れる蒼い海の南国に瞬間移動したかのような、極端な言い方をすれば地獄から天国へ来たような、そんな気分にさせる。

 

私の鼻腔に其処にはない筈の檸檬の爽快な芳香が爆発し、黄色い皮や果肉の残骸が散乱する現場を遠巻きに見て、“してやったり”と不敵に笑う語り手の顔が浮かぶのだ。そう、度重なる不幸や不運で心が病んでしまいそうになっても、ユーモアと悪戯心、それが気分を変えてくれるし、生きる気力も甦って来るのだ。

 

私がこの作品を初めて読んだのは、十代の多感な時期であった。何か壁にぶち当たり、心が沈む度に“檸檬の爆弾”が爆発する様を思い描いて乗り越えて来た。悲しみ、苦しみ、怒り、それらのものを吹き飛ばしてくれる比類無き破壊力の檸檬の爆弾を与えてくれたのだと思う。

 

(40代女性)

 

 

 

 

 

 

檸檬

檸檬

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(2012-09-27)

 

 

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