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読書感想文「彼岸花(宇江佐真理)」

「彼岸花」の読書感想文

人生五十年(現代はもっと長い)、その中で悲劇があれば喜劇もある。わらわらと群れ住む人間たちが、個々にいかなる悲喜劇を抱えていようが、地球は自転し時間は前へ進む。それが世界だ。そう言ってしまえば冷たい厭世家の独り言にも聞こえてしまうが、実際の世界は何だかんだで温かかったり、優しい安らぎがあったりもする。そんな温かさ、優しさを自分の人生により多くもたらすために、私たちは日々もがいているのだけれど、とにかく生きて行かなければ意味がないのだ。
 
私は30代を過ぎてようやく、「時代小説」というものに出会った。子どもが生まれ、産後うつに泣き暮れていたある日、日本から小さな国際郵便が届いた。古い友人が文庫本を送ってくれたのだ。日本語に飢えていた私は、授乳の痛みに耐えながらそれらを読んだ。
 
日本に暮らしていた頃は、「古い日本の世界」に何となく嫌悪感があって、その理由は自分でもあまりよくわからないが興味もなく通り過ぎていたのだけれど、フランスで孤独な育児に明け暮れる私にとり、この本に描かれたお江戸の皆さんは親身に感じられた。 
 
最も心に深く突き刺さったのが「彼岸花」という短編集の表題作。お江戸の郊外にある農村から、若い娘が武家に嫁ぐ。その夫が常識外れのDV男で、妻は心身を削って家の生活を支えていくも、やがては限界が訪れる。あらすじを追ってみれば、何だか時代小説らしくない。むしろ現代的な家庭内暴力と崩壊をテーマに持ってきている。けれど、それが「江戸時代」という特殊なロケーションに置かれることで、私は一瞬ひるみ、引き込まれておののき、そして深いめまいに襲われる。
 
江戸時代はファンタジー世界ではないということに気がついて、そして自分たちの生きる世界について、自分が生きる間近な現実について、改めて考え直すのだ。私は「彼岸花」を繰り返し読んだ。幸いにして私の夫は小説に出てくるような、自分の意見しか通さないDV男ではない。けれど、自分自身を蔑んで他の家族の犠牲になるよう、自らをそんな殉教者として演出していたふしがある。
 
「彼岸花」の中の殉教者おたかは、そういう自分自身が好きだったのだろう。結果、家族を幸せにすることはできなかった。彼女の犠牲は、夫と娘にとっては献身でも何でもなく、残酷な感想が彼らの口からもれる。一方で、離れた生家の血縁者に、ありったけの悲しみを残すだけ残して逝ってしまうことになったのである。
 
例えば、おたかが「自分自身の演出」とその不健全さに気づき、生家に戻っていたらどうだろう。小説のプロットには向かないけれど、それでも悲劇は避けられたと思う。彼女は彼女なりの幸せを見つけ出す可能性があったし、それは誰の犠牲の上にも成り立たなかったはずだ。彼女は、彼女自身の世界をよりよく優しく、作り変えることができたはずなのである。
 
そこまで考えて、そうしてようやく私は自分の状況に気がついた。私も、自分自身の現実を作り変えることが出来る立場にいるのだと。長い時間と努力を要してしまったけれど、私は自分自身の力で産後うつから脱した。楽しく生き、そして家族を幸せにする手伝いを全力でしよう、そう思うについに至ったのである。
 
(30代女性)

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