読書感想文「ダブリンの人々(ジェイムズ・ジョイス)」

「大作家というのはなによりも民族的なのです。彼ら自身の民族性が強烈であってはじめて国際的になれるんです。私自身はといえばいつだってダブリンについて書いています。だって、ダブリンの核心に到達できれば、世界の全都市の核心に到達できるからです。特殊の中に普遍が含まれているのですよ。」作者ジョイスが、文学を志す若者に言った言葉だ。この言葉はジョイスの人生と作品を振り返れば、異様な説得力を持つ言葉である。

 

ジョイスは故郷アイルランドを早くから飛び出し、ヨーロッパ各地を転々としながら、多くの芸術家と交流している。その芸術家達が口々に証言しているのはジョイスの言説の巧みさであり、文学論や芸術論、当時のゴシップに対する鋭い批評、ユーモア溢れる小話など、まだ一作も執筆していない作家見習いの身分である彼が、その類い稀な知性からサロンの中心に居たことは間違いないようだ。

 

アイルランド出身でノーベル文学賞を受賞した晩年のイェイツを堂々と批判しながら交流を持ち、度々借金の申し出さえしていたというエピソードからもジョイスの破天荒かつ憎めない性格が浮かび上がってくる。そんなジョイスが生涯固執したのが、故郷アイルランドのダブリンの町だった。

 

 

 

この「ダブリンの人々」では、ダブリンに住む人びとの日常が淡々と綴られている。私がこの本を読み、感じた事は当時のアイルランドやキリスト教カトリックに対するジョイスの強烈な怒りである。それは不思議と私が住んでいる日本に感じている様々な怒りと程度の違いはあれ共通している。

 

どうして、自分の産まれた年代がたまたま「ゆとり教育」の世代というだけで、一括りに「ゆとり」と罵られ、批判されなければならないのか? 日本の政治のシナリオを書いているのは官僚の人達で、政治家なんて舞台役者にすぎないのに、なぜ大人は政治家の批判ばかりしているのだろうか? 神が本当にいるのなら、日本各地で起こっているむごたらしい事件の数々の罪は一体どう処理されているのか?

 

など、私の日常から噴出する怒りが、「姉妹」や「死者たち」という全く関係ないはずのストーリーに散見されるのだ。ここで最初に書いたジョイスの言葉に戻りたい。ジョイスは、故郷ダブリンの核心に迫ることで、全世界あらゆる都市の核心迫るとことが出来ると発言していた。その仮説は少なくとも私にピタリと当てはまり、東京で日々過ごすことで感じていた不満や憤りがダブリンという一都市を題材とした本書を読む事で一気に暴かれたという訳だ。

 

私は、私に限らずこの短編集が、実は全世界の都市に暮らす人々にとって重要な意味を持つのではないかと考えている。それは読了後の私に起こった確かな変化に起因した、ある種の確信に近い結論である。

 

(20代男性)

 

 

 

 

 

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