読書感想文「オリクスとクレイク(マーガレット・アトウッド)」

「あの時こうだったら」「こうしていたら」と、あり得ないことと分かっていながら正解の自分を探す様は、私の胸に強く響いた。主人公スノーマン(ジミー)は己の人生の読み返しを何度も行う人物だ。人類がほとんど生き残っていない破滅後の世界で、彼は何度も脳内で自分の人生を再生し直す。友人クレイクの行動、最愛のオリクスの言葉の中に、どこか見落としがなかったかと。
 
その再生癖は、ジミーが子供だった頃のシーンにもみられる。彼が文系の凡才で、理系の天才である両親からの期待に応えられなかったことに静かに絶望していく…というと言葉が強いが、自分の可能性をあきらめてしまうくだりがある。その時、己の人生を顧みながら、やはり再生し直すのである。
 
実は私も親からの期待に応えられなかった後ろめたさというものを持っている。三人姉妹の長女として育った私は、よく親から「お姉さんなんだからしっかりしなさい」といわれて育った。また、子供の頃は頭の回転が速かったようで、三歳のころには文字が読め、絵本を一人で読んでいた私のことを天才だといろいろな習い事に通わせてくれた。
 

 
 
そんな親の期待に背くまいと、私は必死で「頭のいいしっかり者のお姉ちゃん」をやってきた。しかし高校生になる時、私ははじめて親の期待に応えられなかった。親の希望する進学校を蹴り、自分の好きだった絵画や音楽のコースがある高校を受験した。
 
とはいえ、芸術コースの入試は難関で、受かればそれはそれで才能のある自慢の娘でいられたであろう。しかし私が受けたのはその高校の普通科であった。自分の実力ではどうやっても芸術コースの入試に受からないことが分かっていたのだ。普通科であれば自分の成績なら楽に合格できる。その後で、他校よりもレベルの高い部活に入り好きなことを楽しめば良いではないか…。
 
そう親には説明をし、親ははじめて娘が自分の意とは違う道に進んだことを驚きながらも納得してくれた。しかし、本当は進学校を受験して合格する自信もあまりなかった。親の期待が自分の実力の遥か上をいっている、度々そう感じることがあったのである。ピアノの発表会、中学の統一模試、興味を示す事柄など、それらのプレッシャーから逃げたくもあり、逃げ出して親を絶望させるのも怖い。高校の選択はそんな中で作り出した折衷案だったのかもしれない。
 
いまでも、親の希望していた高校を受けていたらどうなっていただろうと、あり得ない夢想をすることがある。別に今が不幸せな訳ではなく、十分に満たされていると分かってはいるけれど…。
 
ジミーの生き方に自分を重ねてしまう。汚い部分も、弱い部分も含めて、とても人間臭くて、嫌になるくらい自分に似ている。だからきっと、最後のページをめくっても終わったことが分からずに、あり得なかった別の答えを求めて何度もページをめくってしまうのだ。
 
(30代女性)
 
 
 
 
 

オリクスとクレイク
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