読書感想文「あしながおじさん(ジーン・ウェブスター)」

孤児院で育った女の子が書いた何気ない作文が、孤児院の評議員をしているあしながおじさんの目にとまり、大学へ行かせてもらうことになる。ただし、月に一度おじさんに手紙を書くのが条件なのだ。それは彼女を作家にする訓練みたいなもので、その手紙がそのまま本になっている。

 

私は、最後に女の子があしながおじさん本人に会うシーンがとても感動的に思えた。返事をもらえない手紙をずっと書き続けるのはとても辛抱がいる。でも、それまで家族のいなかった彼女は思ったことを言えて、いつも見守ってくれる人がいることが嬉しくて茶目っ気いっぱいのユニークな手紙を書き続ける。

 

私も正直、彼女がうらやましく思えてくるほど心の中のことを包み隠さずなんでも書きまくって、やがて学校のコンクールでも賞をとれるほど文章を書くのが上手になっていく。この本を読んで、私もまたなんでもいい下手でもいい、後ろ向きでもいいから何か書いてみたい気がし始めた。いや、みんな黙っていては伝わらない。今日何をして何を思ったか、みんなもっと伝え合ってもいいと思った。

 

なかなか、あしながおじさんのような人には出会えないかもしれないが、主人公の女の子も孤児院に対する不平不満をストレートに書いている。私も彼女が書いたこの暗い文章は嘘が無くて気に入っている。私も思っていることをもう少し誰かに話すようにしたいと思い始めた。ぶつかっても仕方ない。そこからまた何か生まれるかもしれない。最近流行りの「空気を読む」と言うのもたまにはお休みしていいんじゃないだろうか。そんな気持ちにさせてくれた。

 

(40代女性)


 

 

 

 

ご存知『あしながおじさん』はあしなが基金など匿名で寄付をした時に使われる名前の元となった作品だ。物語の内容は「孤児」の一人の女の子が匿名の人の援助を受けて、その中で明るく力強く生きていくお話である。同じく孤児の女の子のお話としては有名な『赤毛のアン』がある。アンは孤児院から一般宅へもらわれていく。一方あしながおじさんのジュデイは、お金持ちの評議員さんに孤児院から女学院へ行かせてもらう。

 

同じ孤児の主人公で、どちらも負けず嫌いな性格でどちらも明るい女の子ながら、私はジュデイの方が好きである。アンは孤児である事を隠さない一方、ジュデイは孤児である事をひたすら隠す。アンは孤児を隠さない故、どんな案件にも開き直る。一方ジュデイは他の女学生たちから浮いてしまわないようにとにかく努力をする。私は子供の頃貧乏だったから、それを学校で他の子に知られるのがすごく恥ずかしかった。

 

だからジュデイの気持ちがよく分かった。初めて読んだのは小学6年生の時である。あしながおじさんを読んで人生観が変わったと言ったらオーバーかもしれないが、「自分は貧乏だけど、一応はまだ親がいる。」と思った。ジュデイは毎日変化のない退屈なそれでいて忙しい単調な孤児院の生活の中で日々楽しい事を探して暮らした。

 

いや、毎日変化がない楽しみのない生活だったからこそ、一生懸命楽しいことを探した。それを子供心に見習おうと思った。毎日「なぜこんな貧乏な家に生まれてしまったんだろう。私は何か悪い事をしたのだろうか。」と運命を恨んで嘆いていただけだったから。

 

ジュデイは生来明るい性格だったのかもしれないが、日々楽しいことを探す訓練で間違いなく明るく前を向いて暮らした。そんなジュデイに元気づけられた。いつか私にも私の足長おじさんが現れて、こんな私を貧乏生活から救ってくれると信じていた。何か辛い事があると必ず手に取って繰り返し読んで元気をもらった。

 

たぶんもう20回以上読んでいるだろう。実際に私の前に現れた人は足の短い6歳年上のおじさんだったけど…。結婚してからでも何度も読んだ。11歳だった私と55歳になった私では読後の感想は全く違うものになっているけれど、それでも私は辛い事や悲しい事があると決まってこの本を手にして、そして元気をもらう。私の大切な愛読書『あしながおじさん』に。

 

(50代女性)

 

 

 

 

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