「悪いものが、来ませんように」の読書感想文
助産院に勤めている紗英は、夫の浮気に気づきながらも、それをとがめることができないでいた。不妊だと感じているために焦りを感じ出していたのが理由のひとつだった。紗英は親しく付き合っている奈津子に浮気している愚痴は話すものの、不妊についての悩みは切り出せないでいた。
一方、彼女から頼られている奈津子も、夫の無理解とボランティアサークルの仲間の輪に加わりきれないで疎外感に悩まれていた。二人はそれぞれ隠している実情を持ちつつも、お互い頼りあい、無二の親友のように付き合い続けていた。
そんな中、紗英の夫が事件に遭遇して、全ての事情がさらされていくことになる…。そんなふうに展開する物語は、主要人物二人が交互に主人公になって進んでいくが、彼女たちのかもし出す絶対的な信頼関係にあてられて、どこか濃密な気配にくるまれるような心地にさせられる。
そしてどこかなにかが「おかしい」という気配だけが、ずっとたゆたっているので、この正体はいったいなんだろうか、と考えながら読み進めていくことになる。すると突然、ほんの何気ない独白の場面から、ぽろりと意外性が顔を晒し出す。
それは物語の流れにそって実に自然に浮き立ってくるので、まるで静かな爆弾のように感じる。ミステリーでどんでん返しはつきものではあるが、どれもどこか驚かさせるための作為、が感じ取れるものである。
この作品の場合は、あくまで物語の流れに沿った形で展開される意外性であり、また、物語そのものの抱える重要なテーマでもあると感じる。だからより、衝撃的にかつ印象的にその場面を迎えることになるのかもしれない。
何気ない描写のいくつもにさりげない騙しの技が仕込まれていたことに気づき、思わずページを繰りなおして読み直しすることになった。鮮やか、の一言。
そうして露わになったテーマにより、連綿と受け継がれていく想いの深さ、尊さを感じた。悪いものが、きませんように。その祈りの気高さを改めて知ることになる。
(30代女性)
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