読書感想文「かがみの孤城(辻村深月)」

ただひたすらに、息苦しい思いをしていた自分の中学時代を思い出した。あの頃は、周りの人たちがみんな素直で明るい良い子見えて、自分だけが歪んだ存在だと感じていた。自分が特別なんだ、周りの同年代よりも大人なんだと、そう思い込んでみたりもした。

 

結局誰もが同じような感情を多かれ少なかれ抱えていたのだろうが、そこに気付けるほど大人でもないから、息苦しかったのだろう。あの頃、主人公のような体験をしていたら、私は今とは違った人生を送っていただろうか。そんなことは絶対に有り得ないとわかってはいながら、考えずにいられない。

 

城でもし、鍵を見つけたら、何を願うだろうか。同じラストを迎えたら、主人公と同じことを願えるだろうか。そもそも、あの頃の私は、登場人物の子どもたちと仲良くなれるだろうか。正直自信がない。私はとにかくひねくれていて、素直ではなかった。他人の幸せを思わず妬んでしまう心を、比較的幼い頃から持っていたような気がする。

 

それを頭の中のどこかで自覚していて、だからこそ歪んでいく幼さに苦しんでいた。本の中で、何があっても自分を選んでくれる友人を求める、主人公の心中の描写がある。昔、全く同じことを考えていたから驚いた。そんなことを考えているのは、きっと自分だけだと思っていた。そうでもなかったことを、三十歳になって知ったことにさらに驚いた。

 

そうそう、そんな友達が欲しかった。素直になれない自分を、絶対的に信頼して支えてくれる友達が欲しかった。上手く周りに馴染めない悔しさや寂しさを、本の中の主人公に代弁された気がして切ない。楽しいことを楽しいと言いたかった。上手く行かなくて悔しいと泣きたかった。正直になることは恥ずかしいことだと思っていた。

 

今、私は大人になった。主人公とは違う人生を歩み、まだまだ未熟で大人になり切れない部分も多いが、あの頃とは違う。後悔も未練もたくさん残して来た。悔しい思いもしたし、恥ずかしい失敗もした。でも一人で立って、生きている。息苦しかったあの頃の私は、今の私を見て、どう思うのだろうか。

 

(30代女性)


 

 

 

私は中学校時代、不登校だった。直接的な原因を思い出せと言われると正直なんだったのか今では思い出せない。いじめだったような気もするし、実際はいじめではなかったのに自意識過剰だったような気もする。ともかく学校に行くのが怖かった。行ってしまうとなんだこんなものかと思う時もあった。学区内を歩く時はクラスメートに会ったらどうしよう、そんなことを思っていた。

 

ある時学級委員の女の子ーー彼女は毎日プリントを届けに来てくれていた。私はいつもその時間は寝ているか居留守を使っていたーー彼女が他の友達とやってきて、チャイムを鳴らしプリントをドアのポストに入れた後、私の部屋の窓を叩いた。当時私はマンションに住んでいて、私の部屋はマンションの通路側だった。

 

彼女たちはマンションの通路で叫んでいた。本当はいるんだろ?居留守使ってないで出てこいよ、なんでいつも出てこないんだよ!学級委員だった彼女は、クラスのなかでは真面目ないい子だったので乱暴で男性的な言葉を使う彼女にひどくギャップを感じ、また恐怖を感じたのを覚えている。こんな経験があることから、主人公のこころ、いや登場している中学生たち全員に最初から最後までずっと共感していた。

 

ああ、私はこんなことを感じていたなあと。大人から見たらくだらないことなのかもしれない。自意識過剰なのかもしれない。社会にでたらこんなのは序の口でもっと厳しい世界が待っているのかもしれない。でも中学校時代私たちにとっては学校という小さなコミュニティーのなかでいかにポジションを確保するか?それこそが最も重要なことだったのだ。そんな昔の古傷を思いながら、読み進めていた。

 

最後の二重トリックはさすが辻村深月である。ひとつのトリックは簡単すぎて、ああこういう落ちで持ってくるのかと正直思ったが、もうひとつの落ちは私を驚かせた。そして最後には暖かい気持ちになった。彼女の小説はいつも暖かい気持ちにさせてくれる。

 

(20代女性)

 

 

 

かがみの孤城

かがみの孤城

posted with amazlet at 18.07.11
ポプラ社 (2017-06-02)
売り上げランキング: 488

 

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

 

 

 

辻村深月作品の読書感想文はこちら

コメントを残す

シェアする