読書感想文「日本語の作文技術(本多勝一)」

 
著者の本多勝一氏は元朝日新聞社の記者であり、近年では反体制・反自民党政権の論客として知られているが彼が世に知られるようになったのは、日本人と全く違う生活パターンを持つ人々を徹底的な取材で調べ上げ客観的に評価した「極限の民族三部作シリーズ」を通してであった。
 
膨大な資料から読者が知りたいと思うことを抽出していく匠さと、限界まで鍛え抜かれた簡潔な表現の正確さによって、「未開」と言われていた部族の人たちの豊かな文化を描いて見せ、一介の新聞記者であった彼は30代のうちに日本を大丈夫するジャーナリストに育っていった。
 
本書の中で本多氏はまず最初に「作文技術」を「読む人に分かりやすく書くこと」と断言し学生や学者が書く論文、新聞記者が書く記事、ビジネスマンの報告書などは全てこの「作文技術」範疇であり、小説や詩歌などの美しさを競うものとは分けて考えるよう促す。

 
 
その上でまずいわゆる「紋切り型」の表現を峻烈に排除すべきだと彼は提唱し「鉛筆をなめなめ」というような手垢のついた表現を見るとそれだけでも続きを読む気がしなくなると切って捨てる。また彼は「筆者自身が笑ってしまっている文章」として文末に「プークスクス笑」のようなオノマトペを入れることも厳しく断罪し
 
「他人が笑いながら話したら、それを見ている人は不快なだけだ」としてこれも現に慎むべきとしている。この本の「作文技術」理論の核心部分は、修飾語の順番を制御することと句読点の打ち方の2点なのだがどちらも普通の成績の高校生が読んでも十分理解できるようにびっしりと解説してあるし
私自身、20年にわたって表現で迷った時には必ず本多氏流に立ち返っている。
 
本多氏自身が述べていることだが、日本の学校の国語教育ではなぜか美しい文章を求めたり、作中人物の感情の説明をさせたり、漢字の知識を競ったりすることが多く一番重要な「わかりやすく書く」ということが蔑ろにされているのである。
 
私の経験上からでも、修飾語と句読点の配置について短い期間でも集中して行えばかなりの上達が見込めるので、普段あまりこの2点を意識していない人が本書を読んだ場合自分の日本語がかなり明晰になったという実感を持てる。
 
(40代男性)
 
 
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