読書感想文「夏の庭―The Friends(湯本香樹実)」

私はこの本を通して生きることの意味、出会いの大切さ、今現在を精一杯生きることを学ぶことができた。児童書だけど大人も学ぶことがたくさんある本だ。小学六年生の木山、山下、河辺の三人が町外れに暮らしている一人の老人を観察し、生ける屍みたいな老人の死ぬ瞬間をこの目で見ようという物語だ。死に対する好奇心のような気持ちから始まった老人との出会いはしだいに深い交流へと姿を変え始めるのだ。

 

おじいさんと仲良くなってきた頃におじいさんは死んでしまうのだ。おじいさんと三人の少年達が再び全員集えることは二度とない。今までは集えることが当然のことだったのに、それが奇跡であったんだと別れる時に気付く。別れがあれば次に新しい出会いが訪れる。新しい環境で未知の人と出会っていく。私達は長い人生の中で、たくさんの出会いとたくさんの別れを繰り返しながら生きている。

 

そのどれもが決して戻らない時だと知れば、その時々を大切に生きていくことが素晴らしいと実感できるのではないだろうか。出会った奇跡にありがとうという感謝の気持ちを抱きながら生きていきたい。この瞬間私は生かされている。私の大切な人達も生かされている。いくらもっと生きていたいと思っても、たった一日でさえ自分の思うとおりにはならない。今与えられているかけがえのない命に感謝したい。

 

三人の少年は卒業してそれぞれの道に向かって歩んでゆく。また三人で集えるかわからないけど、あの夏おじいさんと夏の庭に植えたコスモスの花は、彼らの頭の片隅できっと色あせないまま咲き続けるだろう。2016年秋、人との出会いを大切にしていく私の人生が始まる。自分の子供にも是非読ませたい。自分の子供にもこのような出会いがあればいいなと思う一人暮らしの高齢者が多い現代、このような素敵な触れ合いがたくさんあるといいなと強く願う。

 

(30代女性)


 

 

 

 

私がこの本と出会ったのは中学2年生の私の中学校には毎朝朝の読書タイムという習慣があり1限目が始まる前の15分間本を読む前日に今まで読んでいた本を読みきった私は何気なく次の本を探していたそんな見つけたのが夏のTheFriendsだった夏だし夏らしい本でも読むか非常に単純な考えを浮かべながら本を手に取るいつもそうだったこの時の私は毎日をぼんやりと過ごしていてただ何も考えない日々を送っていたのだ

 

しかしこの本の冒頭を読んだそれは変わった今まで考え無かった人の主人公木山の友人である山下の死んだ人を見たことがあるかという言葉は非常に衝撃的だった一度も目の前で見たことがない人は死んだらどんな風になるんだろうその後どこへ行くのだろう木山と同様に私は死への興味で頭がいっぱいになった 痩せていてきゅうりあだ名の木山対照的な体型で魚屋の息子の山下感情的になると貧乏ゆすりが癖のめがね少年川辺

 

彼らはどこにでもいる小学6年生の男の子だしかし彼らは死への興味から近所の一人暮らしのおじいさんをターゲットに観察を始めた私は彼らの行動に感情移入しまるで自分も三人の仲間になったような気持ちで読んでいたそして私の興味はやがて死からおじいさんへと変わりだした夏というにもかかわらずこたつに入り一日中テレビを見て過ごす食べるものはコンビニ弁当毎日同じことの繰り返しいつも独りこの人は何を楽しみに生きているのだろう

 

本当にこのまま死んでしまうのではないだろうかどこか焦りにも似た感情を感じながらひたすら読み進めたしかし事態は変わっていく彼らがおじいさんに刺身を差入れたのだただ観察だけしていた時は終わりこのことをきっかけに四人の交流が始まった子供達と交流を始めたおじいさんは俺はまだまだ死なないぞ言わんばかりに活動的になった おじいさんと子供達の交流を読んでいく中でおじいさんのことをもっと知りたくなる

 

そしてそれは子供達三人についてもだ彼らはどこにでもいる小学生だがそれぞれ複雑な家庭事情を抱えている特に川辺は自分自身のようだった私も彼と同じ母子家庭で育ちどこか寂しさを感じながら過ごしていた父と別れたのが幼稚園の時で死に目にも会えず死んでしまったというより居なくなってしまったという感覚だったそのことを考えると辛いからと父のことは考えないように何も考えないように生きてきた

 

多分この時から死というものを考えることを無意識に避けていたのかもしれない父が居なくなったあの日から多くを望まず最初から期待をせずただ毎日をぼんやりと過ごしていたそれはまるで子供達と出会う前のおじいさんに似ているそれに気づいた私は川辺だけでなくおじいさんの気持ちにも共感することができた終戦後家族の元に戻らず独りで生きてきたおじいさん彼は辛い現実から目を背けていた死んでいくのを待っているかのように

 

しかし今おじいさんには子供達という友達がいる少しずつ心を開きどんどん変わろうとしている彼らは家族より強い絆で結ばれているように見えた最初読み始めた時には想像もできなかったおじいさんと子供達の変化は私の無関心で冷え切った心を暖かくした しかし私は思い出してしまったこの話がおじいさんのキーワードになっていることを夏の終わりに訪れた突然の別れはあまりにも唐突で残酷だった眠るように死んでいたおじいさんに涙が出た

 

他の生徒の目も気にせず教室でボロボロと泣いたもうおじいさんには会えない死ぬということは悲しい私は死んだ父のことも思い出し感情が溢れたしかし子供達はおじいさんの死を悲しみだけで終わらせなかったのだ彼らはそれぞれの複雑な家庭事情を乗り越えこの先の未来をしっかりと歩んでいこうとするおじいさんとの思い出や絆が彼らを変えたのだそんな彼らを見ていて私も変わりたいと思った本を読み終えた私は今まで聞くことのなかった父との思い出を母に聞いた

 

思い出を耳にしていく度に目から涙が溢れたが心は満たされていく私も彼らのように一歩を踏み出せたような気がした子供達の純粋で残酷な興味から始まったひと夏の物語少年達が様々な体験をしていく中で私たち読者に素晴らしい疑似体験をさせてくれたそれはきっとこの先忘れることの無い大切な記憶として心に残っていくだろう

 

(20代女性)


 

 

 

「夏の庭」は小学校6年生の少年たちと老人の夏の物語である。いつもつるんでいる木山、河辺、山下の男の子三人組が「人の死ぬ瞬間を見たい」という好奇心から町はずれに住む一人暮らしのおじいさんを観察し始める。最初は何の接点もなかった少年たちとおじいさんだったが少年たちがおじいさんの家に通ううちに少しずつを交流が生まれ関係が深まっていく展開である。少年たちはおじいさんとの交流を通し、洗濯や包丁の使い方を教わったり戦争体験のお話などを聞かされ成長していく。

 

おじいさんはぶっきらぼうな態度とは裏腹に3人が家に訪れてくるのを本当は楽しみにしていて心の中ではとても喜んでいるように思えた。3人に生活で必要な知識や戦争体験の話を教えたのは、自分が生きている間に、これから先を生きていく少年たちのために何か残せないかという想いからだと思った。おじいさんから色々なものを貰った少年たちが、おじいさんのために何かできないかと考え行動する姿からはおじいさんを想う気持ちや心の成長を感じさせられた。

 

少年たちはそれぞれ家庭に問題を抱えているが、それまで自分の中の閉ざされた狭い視野で見ていた物事が、成長していったことをきっかけに自分の世界の外側から客観的に考えられるようになっているように感じた。ラストは3人がサッカー合宿から帰ってきたときにおじいさんが布団で寝ていて、その光景を見た次の瞬間少年たちは察知する。寝ているんじゃなくて死んでいるということを。人の死ぬ瞬間が見たいという目的からおじいさんの家に通った少年たちは、おじいさんの死に泣きじゃくる。

 

とっくに目的なんて変わっていてただおじいさんと話したいから、おじいさんに会いたいから通っていたのである。いつからか少年たちにとって大切な人になっていたのだ。このお話から人の死について考えさせられた。人の死はとても悲しくて寂しいものだけど、その人が自分に残してくれたものを大切にしながら生きていくことが大事なんだと思う。困難に直面したとき「もしおじいさんだったらどうするだろう…」と考えることで視野が広がり世界の見え方が変わる場合があるだろう。

 

「こんな時、おじいさんだったらどんな言葉をかけてくれるだろう」と想像することで不思議と勇気が湧いてくる。大切な人は亡くなった後も私たちの中にいて、時には励ましてくれたり、時には生きるヒントを与えてくれたりするのである。

 

(30代女性)

 

 

 

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