読書感想文「内的時間意識の現象学(エドムント・フッサール)」

フッサールは現象学を学問として確立させ、一般に普及させたことで有名である。彼の思想は構造主義の先駆けとなり、現代思想の土壌を形成することになった。現代に於いて現象学は、その影響を受けない学問は無いぐらい重要な概念となり、彼はそういった意味で大変な偉業を成し遂げた。
 
その偉業の一端をこの著作に伺うことができる。内容的には彼の現象学概念、時間論をより拡張するためのものであろうが、作品の後半では時間意識の「二重の志向性」を説明し非常に興味深い考察が読み取れる。現前する”今の意識”を生成する現主体と過去把持をする主体の両主体を措定する。
 
例えば音を聞いている主体と音を想起する主体が二重にあって、その主体に発現する意識の流れは当然異なっている。異なる、というだけでなくその両主体に別の時間意識が形成されるという。以上はわたくしの素人なりの解釈であるが、意識の性質として主体性依存があるためそのように理論が展開させていくのも不思議ではない。

 
 
 
また、フッサールが意識の志向性概念をこのように説明することを構造主義的視座からみると面白い。構造そのものを批判しようとして彼を取り巻いている構造そのもの強化させているのであり、そしてこの文脈はハイデガーやサルトルにも続いていくもである。
 
この著作で垣間見えるフッサールの理念的側面を私なりに考察した結果得られた感想である。この著作は客観的世界を構成する要素を理解するうえで私の中に原理を与えてくれた。論理を構築する上で、欠いてはならないのが事実に基づいた記述法であり、それを可能にするのが主体の認識過程によるのである。
 
主体の認識過程をより洗練させるには批判的考察が必要でありそのためには自分自身に対しての批評を積み重ねていく必要がある。そのようにして西洋文化の産物を日本人が理解し咀嚼していくには忍耐が必要である。その訓練のためにも難解な文章を長い期間読み続けることは重要だとおもっている。
 
(20代男性)
 
 
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