読書感想文「真田太平記(池波正太郎)」

真田太平記を読んだ。ひじょうに面白かった。全12巻の長編小説なので、一言で言い表すのはとても難しいが、とにかく面白く、ドラマチックであった。完読したあとはしばらく泣きはらした顔で茫然としてしまったほどだ。

 

この作品は、史実という骨組みに架空の人物を登場させてフィクションを織り交ぜて肉付けしている実際に500年前に存在していた真田一族を惜しみなく魅力的に紹介してくれる、最高に面白い歴史小説だ。

 

なぜこれほど物語がドラマチックに成りえるかと言えば、この小説には主人公が3人存在することである。父親の昌幸、長男の信幸、二男の信繁、この3人が三者三様に個性を持ち、お互いを補いあって「真田家」を守り存続させてゆく。

 

 

そしてこの実際に存在した3人を際立たせるような魅力的な登場人物たち、特に「草の者」と呼ばれる忍びたちの活躍を描いていることによってさらに当時の戦国の世がリアルに感じられるのだと思う。登場する草の者たちは架空の登場人物ではあっても、当時の戦国大名たちはそのような諜報機関としての忍者を大いに利用していたことがリアルに伝わってくるのだ。

 

実際この小説を読んで、戦国時代に活躍した忍者のことをもっと知りたいと思ったほどだ。物語の中身に戻るが、話はまず、向井佐平次という長柄足軽が源次郎信繁と出逢う恰好で始まり出す。

 

別所温泉で初めて佐平次と会った源次郎がその場で「おれはこの向井佐平次が気に入った。よし、おれがもらいうけよう」と言ったその日からこの二人は最後まで運命を共にすることになる。最後まで読んだ今となれば、こんなひょんな出会いが、ひじょうに運命的で感傷的な出会いに感じてしまう。

 

この頃の源次郎の言葉で私にとって印象的なものを挙げておく。馬に乗りながら源次郎が言う。「おりゃな、ひとりきりでおもいきり馬を走らせていると、風が躰の中を吹き抜けるようなおもいがする。その風がおれの躰を吹き抜けるとき、おれの心ノ臓や腸や肝が、風といっしょに躰の中から外へ飛び出してしまうような気がして、まことに凄まじく、こころよい」というものだ。

 

この言葉で、信繁という人物がどのような感性の持ち主なのかが瞬時に伝わってくる。またその人物像の骨組みを作っている言葉でもあるなと感じた。このころの源次郎はひょっこり単独でどこかへ出かけ、どこかに泊まって帰ることがあり、父親の昌幸に戒められることがあった一方、兄の源三郎にはそのようなことがほとんどなかったという。

 

無口で怒ることもなく、また、声をあげて笑うこともない。子供のころから物静かであって、父親の叱責をうけることは、ほとんどない。「子供らしゅうないやつ」と父昌幸に言われるような、そのくせ「源次郎とは頭を寄せ合い、ひそひそと何やら、あきれるほどの長話をしておるのがふしぎじゃ」と言われるようなふたりの仲の良さ。

 

まったく異なるタイプである兄弟の不思議な絆、そしてふたりを個性を生かすことのできた奇抜な父。1巻はそのような3人の関係を彼らをとりまく人間たちと共に紹介している。このような調子であっという間に12巻を読み終えてしまった。まだ、余韻が残っている。

 

(40代女性)

 

 

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