読書感想文「「手紙屋」(喜多川泰)」

私がちょうど大学生の時に、個人で本屋を経営されている店長に勧められたものである。大学3年から4年にかけて何度か足を運ぶなか、勧めてくれた数冊の本のうちの一つである。内容は、私と同じように大学生から新社会人へとなるべく就職活動中の青年の物語である。

 

この本は決して面接に受かるためのテクニックが書かれているわけではない。それどころか、余計に就職、働くということに対して悩みが深まっただけのような気がした。物語の中で10通の手紙のやり取りを通して、青年は働くということや自分のあり方をみつめ直していく。

 

手紙のやり取りは心踊るものがある、『あしながおじさん』をイメージさせられるが、『手紙屋』では、ちゃんと返事が返ってくるので、返ってくる手紙の文面が本当に自分に返ってくるようで主人公と一緒にドキドキしてしまう。就職活動、リクルートスーツを着て、たくさんの面接試験を受ける。

 

 

まるで、受験生のような学生たちに違和感を持っていた私は物語を読んでいくうちにすっかり引き込まれてしまった。見ず知らずの相手に自分の悩みを相談することはとても緊張する。手紙だから声を聞くこともなければ、顔を見ることもないのだ。

 

逆に、顔も声もわからない、知らない相手だからこそ話せる悩みというものもある。一通、一通と読み進めるうちに、青年の考え方に変化が現れ、青年の身のまわりでも変化がおとずれる。手紙屋の正体がわかり、手紙屋に報酬を支払うシステムを知った時は目から鱗だった。

 

今までの働き方やお金に対する考え方が変わってしまったのをよく覚えている。これが、メールでのやり取りという設定であれば、それほどひき込まれはしなかっただろう。私自身、手紙を書くことがあるのでわかるが、字を丁寧に書こうとしたり間違えないようにと気を使うと、自然とゆっくりと向き合うことになる。

 

パソコンで文字を打つようにさらさらと書けば、分厚い紙の束がすぐにできあがってしまう。内容を少なく、ポイントを絞って書く必要がある。誰かにあてて書くのだからなおさらだ。ペンを手で握り、紙に向かって字を書く時間は思考を整理し、ちょっとしたリラックスする時間を持つことができる。

 

手紙という古い手法は、どんなに時が経っても色あせない。そのことを強く実感した。10通の手紙と回数が決まっていることだ。決して無制限にやり取りをするわけではない。そして、返事が返ってくるのだから、また手紙を書いて相手に返さなければならない。

 

いつ返事を返すか、どんな内容を書くかということも思案のしどころだろう。回数券がひとつひとつなくなっていくようで、ハラハラするようなホッとするような気持ちになる。その間に本当に悩みを解決できるのか、できなかった場合は悩みの中に放り出されてしまうのではないのか。

 

結末はハッピーエンドとわかっているが、それでも、読みながら気をもんでしまう。また、手紙を書く場所へのこだわり方も見事だと感じた。カフェの一室にある特別な席で手紙を書くひとときは、想像しただけで面白い。

 

一人で悩んでるように見える青年は、多くの人に見守られ、応援されている。主人公と自分を重ね合わせ、仕事をするということ、就活を見直すことができた。本の著者である喜多川泰さん、この本を数勧めてくれた本屋の店長さんには本当に感謝をしている。

 

本というものは不思議なもので紹介されたからこそ強く心に残ることがある。自分で本屋に行き、手に取って読んでも同じように感動しただろう。だが、誰かが自分のことを考えて一冊の本を勧めてくれたこと。それ自体、思いもかけない出会いなのではないだろうか。『手紙屋』のストーリーは、きっとどこかで繰り広げられている物語のひとつなのだ。

 

(30代女性)

 

 

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