「阪急電車」の読書感想文②
車内で乗り合わせただけの客の物語が繰り広げられる、という一人一人が主人公であり、主人公でないという所に私は感動を感じた。というもの、大体どの作品は必ず誰か1人が主人公で脇役である為、こういう作品に出逢えた事に私は感激を覚えたのである。
リアルに行動が再現されており、脳内で「そうか、このキャラはこう動いてるのか」と考え次のページを捲らずには居られない状態で読めるのだ。時にして、小説の中で私はあるセリフが頭の中に残っている。『宝塚方面行き─西宮北口駅』にて、電車に乗っていたおじいさんが主人公のミサに掛けた言葉だ。
「混んでる電車でみんな座りたいのに、鞄座らせてまで連れの分の席取って、どんな教育されとんじゃ!」という言葉にグッと改めて思わせるものがあった。これは現実にもあると思うのだ。友達を待つ為に隣の席にわざわざ鞄を置いて、「ここに人が座るから誰も座るな」と。
他の人からしたら、邪魔でしかない。だから、私も友達を待って座る時はちゃんとマナーを守って座ろうと思っている。というのも、電車に乗る機会が少ないから乗る機会があったら、の話だが。
この小説を何回か読んでいるうちに分かる事がある。何度か同じキャラが出る事があるのだ。私が心に残ったという、あのミサも3回、いや2回か出ているだろうか。そのそれぞれのキャラクターの事が少しずつ分かるという点で非常に賛称したい。つまり何回も読める本なのだ、これは。読み返せば読み返す程理解が深くなる。
あらすじに書いてある、”人数分のドラマを乗せた電車はどこまでは続かない線路を走っていく。”この部分に注目して頂きたい。いつまでもとは行かないけど、ほんの片道十五分で起きる物語。私はそれが好きなのだ。現実ではびっくりするほど何も起きないだろう、でも、見て損はなかった。
勇気のある行動、発言。それを見ると「ああ自分もそうなりたい」と思えるのだ。どこまでも不思議な物語だと思う。
(10代女性)



















ㄟ( ▔∀▔ )ㄏイミフ