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読書感想文「赤光(斎藤茂吉)」

「これは私が中学生の時に買ったんだがね」と言って、私は先生から一冊の歌集を戴いた。斎藤茂吉の『赤光』(岩波文庫)である。カバーもなく、所々に書き込みがある古い本だった。
 
四年制大学の文学部を出て、今はとある先生にお仕えしている。先生は和歌文学の研究をしており、在学中に何気なく詠んだ私の短歌を高く評価してくれていた。そのような縁で私は今、文学研究に携わりながら趣味で和歌を詠んでいる。先生は様々な大学で強弁を取っているが「生徒の育成」にはあまり興味がないような人だ。だが、例外的に、私のことをおもしろがって面倒を見てくれている。
 
私は文学部で古代哲学を専攻していたが、その割にはあまり本を読んでいなかった。有名な話や授業教材になるような書籍、流行の小説などは目を通すものの「短歌」とした歌集を読んだことはない。百人一首の数首を諳んじることはできるが、詠み手の名前はわからないというその程度であった。
 
趣味で詠んでいた短歌は所詮言葉遊びの類であり、SNSに投稿しては同じ趣味の人たちとああだこうだというばかりだった。そしてその「同じ趣味の人」は皆、現代語で現代短歌を詠んでいた。時に片仮名が混ざり、稀に英文も詠みこむ雰囲気のものであった。
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先生は随分と私の短歌を評価してくれた。私が多少古典文学を齧っており、それをネタとして詠みこむところを褒めてくれた。そして、お前はもっと伸びるよと言わんばかりに様々な歌集を教えてくれた。なかでも「古今調」を強く勧めてくれた。雰囲気が似合うらしく、また文学部の出だから古典文法も十分扱えるだろうと。
 
だから「古今和歌集」に習って、花がふんわりと香るような柔らかい理屈の和歌の模倣を技術向上の為の一番に勧めてくれていたのだ。その頃になると私は古今調の歌集を数冊読了しており、自分の短歌をいかに古今調にするかという遊びの方が楽しくなってきていた。そうなると必然的に俵万智などの現代短歌が好きな人らは離れていく。私はSNSの中の短歌グループの中で、自然とひとりになっていた。
 
前置きが長くなったが『赤光』はこの頃に先生から渡された本の一冊である。ただし「古今調」ではない。「万葉調」の歌集だ。先生は『赤光』を渡す時、苦笑しながら「君は呑み込みが早いからねえ」と言ったのが何故か印象深い。これから更に「古今調」の短歌で遊び倒してやろうと思っていた私としては意外なことでもであった。
 
だが『赤光』を開いたとき、その和歌の孕む率直さが体の中にすん、と入ってきた気がした。ひんやりとした空気が頭の中から臍の下までまっすぐに通っていくような気持ちで、一気に本の中に引き込まれた。「古今調」とは違う素直さがあり、何処となく寂しく、一首一首が絵画のように頭の中にイメージとして浮かんだ。「古今和歌集」にも、なんとなく状況が思い浮かぶような歌はたくさんある。でも、一枚絵のように判然とした感情が浮かぶものは記憶に無い。力強くて、鮮やかで、ひまわりの花びら一枚一枚までもが目に浮かぶ、そんな歌ばかりだった。
 
『赤光』の詠み手である斎藤茂吉は正岡子規の弟子に当たる。正岡子規は「歌よみに与ふる書」にて万葉集の良さを述べ、古今伝授に於ける奥義「切り紙伝授」を痛烈に批判している。それはまるで「誰かの真似っこを繰り返しているSNSの現代短歌にちょっと飽きてきていた私」の気持ちを、具体的に遠慮無く言いきっているようなものだった。
 
そんな正岡子規を師とした斎藤茂吉の和歌は、紋切型を拒み、一人で立っているような力強さと寂しさを感じさせるものが多い。そこには「素朴さ」とか「純粋さ」とか「素直さ」という「表現技術」がたくさん詰まっているように思えた。
 
だから、先生はどのような気持ちで、私に『赤光』を渡したのだろうと考える。「古今調」の理屈っぽさを抱きながら「万葉調」のたくましさを期待してくれているのだとしたら、それは身に余るほどの光栄だ。何故なら先生は、和歌文学において屈指の研究者なのだから。
 
私がどこまでできるかはわからないが、この『赤光』の中には先生の期待と応援がたくさん詰まっている。何も言わなかったけれども、私はそう信じて、これからも先生の唯一無二の助手として学んでいきたいと強く思った。
 
(20代女性)
 
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