読書感想文「嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え(岸見一郎、古賀史健)」

自分が他人に何か捧げる時に自分が相手に行って欲しい事を相手に望んではいけないのだと感じた。例えばのどの渇いた馬がいたとして、自分は湖まで馬を連れて行くが馬が水を飲むかどうかは馬の判断に任せるし、水を飲むことを自分は期待してはいけないということだ。

 

誰かの為にやっているのではなく、あくまで自分は相手に機会を与えるし、その機会を得る為に協力もするが相手にチャレンジすることは求めないし、期待はしないことが重要である。自分と他人の関係値を正しく理解して接することが余計な摩擦を生まずに結果として自然な結果が得られるということだ。

 

他人に親切に接した結果の見返りを求める事で期待した効果を得る事もあるが、裏切られる可能性も同時に発生するので、最初から期待せずにフラットな状態で他人に協力することで自然な結果を得る事ができる。仕事で他人に協力する場面が多く、その度に相手に協力した結果を求めている自分がいて、その結果に対して一喜一憂している自分がいる。

 

それが一つのストレスでもあったので、この本に書かれている良い意味でも悪い意味でもなく、他人には期待はしないという新たな価値観を得る事ができた。この他にも人と接したくない内向的な人物の話を用いて、内向的な人物が自身の事を根が暗く話もつまらないので自分は嫌われても仕方がないし実際に周りから嫌われている。

 

その中で他人と仲良くやっていくにはどうしたら良いか悩んでいるというような発言に対してそれは、自分が周りと接したくないし、それが心地よいと思っている。むしろ自分から望んで周囲に溶け込めずに一人でいる自分を作り上げる為に、色々と周りから嫌われる為の理由づけを後から作っている。

 

周りから嫌われる自分の像自体が自分が作り上げた虚像であって周りと仲良くなりたいと思っているのであれば、仲良くなるための人物像に作り上げる事が出来る。今はあえて周りと仲良くなりたくないから自分から嫌われる自分を作り上げているという話があり自分も含め物事の考え方が逆転され、自分で臨むのであれば望むべき姿は作り上げる事も可能であるという価値観に変化した。

 

(30代男性)

 

 

 

私がこの本を読もうと思った理由は、この本の題名を見て興味を持ったからである。私は人と話をするときに、これを言ったら嫌われるのではないだろうかと思ってしまい、自分の意見が言えないことが多い。それで後悔したことが多くあった。「嫌われる勇気」という題名を見て何か解決するのではないかと思った。

 

まずこの本を読んで驚いたことは、悩みのすべては対人関係の悩みであるということである。様々な悩みのすべては結局は対人関係に起因するというのだ。たしかに自分の悩んできたことは対人関係に関することが多かった。一見対人関係以外の悩みと思われることでも、それは自分が他人からどう見られるかを気にしたものなどで、結局対人関係によるものであった。

 

そして、その対人関係の悩みを解決する方法はある意味で孤独になることというのに感銘を受けた。自分のことをどう思うかはあくまで他者の課題であり、そのことは自分が介入すべきではないというのだ。この部分を読んで私は全員に好かれる人間はいない、という言葉を聞いたことがあるのを思い出した。

 

周りの人がどう思うかを気にして自分の意見を言わずにいても、結局万人に好かれることはないのだ。それよりだったら、自分の思うことをそのままさらけ出して、それでも自分と一緒にいる人を大切にしたほうが良い。私がこの本をよんで強く感じたことは、自分の時間を生きるということである。

 

多くの時間をかければお金を稼ぐことはできる。しかし、多くのお金をかけても時間を増やすことはできないのだ。このように私は時間こそがこの世で最も大切なものであると感じた。にもかかわらず、自分のことを好きではない人とどう関わるのかを考えることは他人の時間を生きていることであり、完全に時間の無駄である。

 

それよりだったらその悩む時間をなくすためにも、言いたいことを言っても自分についてきてくれる人に時間を割くべきである。そうすれば悩みもなくなることになるし人生を有意義に生きることができると思う。今後私はそのように時間を大切にし、嫌われる人には嫌われる勇気を持って生きていこうと思う。

 

(10代男性)

 

 

 

この本を読んで感じた事はまず第一に『救われた』と感じた事だ。最初この本を書店で手に入れたとき『嫌われる勇気』というタイトルを見た時は単純に友達なんて作らなくてもいいんだよ、群れる事がすべてではないっといった孤独に打ち勝つための本だとばっかり思っていた。

 

しかし読んでみると全く違った。アドラー心理学を哲人と彼を訪れた青年の対話が延々と続くだけなのでとても読みやすく感じた。特にこの青年が自分とかなり重なるように感じた。彼は劣等感の固まりで家族に絶望し職場に絶望し、社会に絶望視し、人生を呪っていた。

 

彼の言葉は自分の気持ちを代弁してくれるようでまったく他人とは思えなかった。それだけに青年を諭すように語りかける哲人の言葉を一語一句見逃さないようにした。これを読んで人生観が変わった感じがした。自分と人を比べる事がいかに愚かで浅はかな事を痛烈に感じた。

 

人生を自由にのびのびと生きて行く為の指南書を手にいれたような気がしたのである。特に自分が感銘を受けたのは人の視線ばかり、評価ばかり気にしていると他人の人生を生きることになるという考えだ。これは読んではっとしたところだった。

 

確かに自分の劣等感はそこからきているようだ。自分が人生の主人公ではなく他人が主人公で、自分が脇役。こんな恐ろしい事があっていいのだろうか。私はもっと自分にい自信をもって、やりたい事をやっていくべきなんだとはっきりわかった気がした。

 

世間体ばかり気にせずに生きるべきなのだ。そしてこの書籍が教えてくれた事は『人は変われる』という事だ。確かに自分でも変われるものなら変わりたいとずっと思っていた。しかしどこかでそれは無理なんだと思い込んでいた節があった。

 

もっと明るい自分になりたい、何事にも積極的になりたいなど、どうなりたいかは人それぞれだと思うが無理だとあきらめるべきではないのだ。人生に迷ったら必ずこの本を見直そう、そんな風に思わせてくれた書籍だった。

 

(30代男性)

 

 

 

この本はアドラー心理学が青年と哲人の対話を通して非常にわかりやすく書かれている。そして何より面白いのだ。最初はわけがわからないし、今でもよく理解できないこともある。それでも読んでいくうちにそういうことか!と価値観をぶち壊される感覚が何度も何度もやってくる。

 

それは時に滑稽であり、自分自身と重ね苦しくなるが、しかしどの話もとても腑に落ちるのだ。たとえば、「怒り」という感情は勝手に起こるものではなく「怒ろう」という目的が最初からあって怒っているというもの。簡単に言えば私達は怒りという感情をコントロールしているということだ。

 

読んだらそうであると納得するしかなかった。完璧な答えがこの本には書いてあった。そして「怒り」というものは相手を屈服させるために使う非常に安易な武器である。相手を屈服させるために「怒り」を使うということは、「屈服させる上の立場」と「屈服させられる下の立場」という上下の関係で成り立つ。

 

そこに対等な関係というものは生まれない。「怒り」という感情を行使しなくたって、伝えることは出来るのにわざわざ手間を省くために使っている。そのことに「怒られる側」は無意識の内に気がついている。

 

「この人は怒ることで自分をコントロールしようとしているんだ」ということに。「怒られる側」は相手が「怒る」ことで支配しようとしている未熟な人間だと無意識に悟っている。もちろん、そこに信頼の関係は生まれない。

 

家庭、学校、社会、様々なところで「怒り」を使っている人に出会う。それは自分の力ではどうしようもないことだ。私達はその度にその人が何を伝えたいのかしっかりと見極めなければならない。ただ単にストレス発散のために怒鳴り散らしているのか、それとも伝えたいことがあってわざわざ怒っているのか。

 

私達は自分自身しか変えることは出来ない。この言葉は当たり前だ。だからこそ私は決して「この人はどうしたら変わってくれるだろうか」等と考えることはしない。私の関与していい域ではないことに気がついたからだ。

 

この本を読んだら、もう昔の自分には戻れなくなるかもしれない。しかし、真実に向き合って前に進むためには、この本は大いに役立つと私は思った。

 

(10代女性)

 

 

 

この本との出会いは、知人の紹介だ。当時私は軽度のうつ状態で、人生に対して後向きで将来に希望も何も描けないでいた。そんな私を見かねて心理学の勉強をしてくれた人が、この本を薦めてくれた。「騙されたと思って、何回か読んでみて」と言われ本を貸してくれた。

 

読書は私の習慣ではなかったが、私自身現状を払拭したいという気持ちがあったので、言われた通り読んでみることにした。まずこの本を初めて読んだ時は、拒否拒絶反応が起きた。アドラー心理学の考え方が書いてあるが、悟りを開いた人が記したことみたいな内容で、これを理解できる人はごくまれだろうと思った。

 

また理解ができなさ過ぎてイライラもした。でも騙されないとと思い2回目3回目と繰り返し読み続けていくと、まずは内容を理解できるようになり、後にはその内容を納得して受け入れられるようになった。その中でも私の思考が一番大きく変わった内容は、トラウマに関する内容だ。

 

私はトラウマという過去の過ちや恐怖に支配されていたが、時間はかかったものの克服し強くなれた。「嫌われる勇気」は、昔の私のような自分に自信がなかったり病んでしまったり前向きになれない人に読んでほしい本だが、1回では理解し難い内容が多い。何回か読んでいくうちにすり込まれ入ってくるといったイメージだ。

 

だから、変わりたいという気持ちがある人でないと読み続けることは困難だろう。あくまで自己啓発本なので、内容は難しくなかったと思うし、話の進み方が心理学者と男の会話形式になっているので、あまり本に慣れていない人や本が好きでない人でも読みやすいと思う。

 

またこれは本の内容とは全く関係ないが、ところどころに出てくる鉛筆書きのようなイラストも印象的だった。この本を読むメリットは視野が広がることだ。私自身はアドラー心理学の考え方にどっぷりははまったが、はまらない人でも新たな考え方が増えることにはなるので読んで損はないと思う。

 

ぜひ多くの人に読んでいただきたい本だ。世界中の人がアドラー心理学を理解し実践したら、世の中は平和になると思う。

 

(20代女性)

 

 

 

僕がこの購入した理由はもともと僕の弱点を知っていたからだ、上司や友達によくいわれるのだが、僕は八方美人なだとよく言われていた。それが時には「人を傷つけ」自分も「損」をするとよと何度も言い聞かせられてきた。

 

しかし、知っていてもなかなか、治すことができない僕はこの「嫌われる勇気」を読んで少し変われ気がした。この本を読んで僕自身、なぜこんなに八方美人なのか深く考えさせられる機会になり、なぜ僕がこんなに誰にでも笑顔を振りかざすのか考えた結果、きっとそれは誰にでも嫌われたくないと思いその不安からくるものだと結論を出すことができた。

 

しかし、僕自身嫌われたくないはないけどそれを行えば幸せになれないとこの本には書かれていた。だから僕は本気で幸せになるためにこの本のことをよく理解するようにした。結果それは、幸せになるためには芯をもってそれを絶対にぶらしてはいけないということだった。

 

そこから私は日常生活でこの本に書かれていることを実行をした。最初はうまくいかず上司、友達ともに意味不明な顔をしていたがそれをずっと続けていくことによって周り対応も変わってきて僕のライフスタイルがいい方向に向かっているのが実感できた。一度理解できたことにはすぐに実行をすることができるから楽だった。

 

この本のいいところは僕みたいに考え方が悪いような感じが主人公だった。僕の考え方は主人公と全く同じでそれはもう上げ足をとるがのごとく「あー言えばこういう」のような主人公でした。しかし、そんな主人公と共感をできる僕はその主人公の先生にあたる回答によって僕は納得するしかなかった。

 

わかっているのに理解をしたくないから意地を張る、それをすべて壊してくれたのがこの「嫌われる勇気」だった。もしこの本に出会えなければきっと今でも人の目を気にする八方美人のままできっとストレスを感じながら今でも生活をしていたと思っている。本当にこの本に会えて僕の人生は変わったと思っている。

 

(20代男性)

 

 

 

 

[amazonjs asin=”4478025819″ locale=”JP” title=”嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え”]

 

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

 

岸見一郎作品の読書感想文はこちら

コメントを残す

シェアする