読書感想文「君の膵臓をたべたい(住野よる)」

「君の膵臓をたべたい」一発目のインパクトにやられた。なんの本なんだろう。カニバリズム的な類なのか。それにしては桜色の淡い色調の表紙につかず離れずの高校生の男女がふんわりと描かれている。完全なるジャケ買いだった。金額や手に収まるサイズ感などから文庫本が好きな私としては珍しい買い物だった。きっと恋愛ものだろう。でも恋愛の中で膵臓が食べたくなる感情って? なんとなくいつもはしてもらわないブックカバーを店員さんに頼み、多少過激とも思われる表題を隠した。

 

帰宅までそわそわとした気持ちを抑えられず、私は電車の中でそっと表紙を開いた。主人公は「君」と示されたり、「クラスメイトくん」と呼ばれたり、「×××」と隠されたりしながら最後まで名前が出て来ない「僕」。そして共病文庫の持ち主であり、膵臓に疾患を患い僅かな余命を満喫しようとしている山内桜良。「僕」は病院でふと目にしたノートを見つけた。表紙には共病文庫。なんとなく開いたそこにはクラスメイトである山内桜良は余命が残りわずかだということを知る。

 

思いがけず秘密を知ることになった僕は、半ば強引に彼女の「死ぬまでにやりたいこと」を遂行する相棒として振り回されることになる。少し引っかかったのはとても大人びた言葉を使う高校生達だな、ということである。僕、は他者とのコミュニケーションを極力避け本の世界に没頭していただけに論理的かつ冷静。彼が大人びた(ある意味古めかしい)言葉を使う事にはなんら疑問はなかったが、気になったのは山内桜良である。

 

自身の疾患や死を自虐的に、きっとこれ以上ないレベルのジョークにして飛ばす。そしてドヤ顔をかます程である。これこそブラックジョークというのかと感服した。それに対して僕は死に対する軽々しい言動に逆に戸惑ってしまう反応すらある。そしていつも明るく、死というものに独特な価値観を持つ。この年代に余命宣告をされれば完全にうろたえ泣きわめく日を過ごしそうだが、そうではない。この子、本当に死ぬのかな? と思わされるぐらい活発なのである。

 

しかし、後半になって感じる明るく活発な彼女の背中から見え隠れする死への恐怖。ああ、やっぱり怖いよね。ここでなんとなくホッとした自分がいた。死が怖くないわけがない。ましてや高校生、これからの生活がキラキラ輝いている年代だ。彼女はひとりが、そして忘れられることが怖いのだ。彼と一緒にいることで心を蝕む恐怖を払拭しようとしているのだ。そう考えると切なくて仕様がなかった。死ってすぐ傍にある。明日、明後日、何年後、ゴールとして確かにある。

 

しかしそこまでのプロセスがよく見えないがために蔑ろにしてしまう。考え直そう。明日あたりにでも出不精な彼を誘って、ホルモンを食べながら「私が病気ならどうする?」と聞いてやるのだ。きっと彼はうろたえるだろうがそれでいい。お互いをもっと大事にしよう。いつ死ぬか分からないなら必死に今を生きて、君を大切にして愛を語る。読んだあとはそんなほんのり寂しい気分だった。少し自分に触れる人を大切にさせてくれる、そんな気持ちにさせられる本だった。

 

(20代女性)


 

 

 

 

本を選ぶ時はどういったものを選ぶのか。帯やあらすじなどを見て選ぶことが多いと思う。私がこの本に出会った理由はタイトルに衝撃を受けたからだ。「君の膵臓を食べたい」これだけ見てもさっぱりわからないだろう。どういうことなのだろうと気になった私はこの本を読むことにした。最後まで読み終わった時頬を伝う涙とともに私はスッキリした気持ちになった。なぜならタイトルの意味が痛いほどりかいできてしまったからだった。病気の彼女は病気なんて嘘だと思わせるくらい明るく彼女の周りにはいつも人が集まった。

 

そんな彼女とクラスの根暗と思われた男子が出会い、恋におち、最終的には彼女は病気ではなく事故で亡くなってしまう。私はもし大切な人が突然なくなってしまったらと考えた。今私は実家で両親と暮している。大切な両親が突然いなくなったらと考えると怖くてどうしようもできない。

 

またきっと、今まで私が両親に対して冷たい態度や、反抗をとっても悔やむだろう。どうしてあのときもっと優しくできなかったのかとか、どうして困らせるようなことばかりしてしまったのか、親孝行はできているのだろうか、と後悔ばかりしてしまうと思う。人はよく失ってからその人の大切さに気付くと言う。これを考えると人間は儚く愚かな生き物ではないかと思う。その時の気持ちはその時にしか伝えられない。だが、人間は「明日が来ない今日もある」ということを知らない。だから、ありがとうと思った時はその思った時に声に出して伝えなければならないと思った。

 

ありがとうだけではなく好き、愛してる、大切などの言葉も思った時に伝えなければならない。いつまでもその人が自分のそばにいて笑ってくれるとは限らない。これからは思った時に感謝の言葉などを伝えていきたいと思わせてくれる本だった。この本で言うと彼は彼女にとっての最高の告白である「君の膵臓を食べたい」を言おうとした時に彼女が病気ではなく突然の事故により他界してしまう。いつどこで何が起こるかわからない。これから短い人生か長い人生かは誰にもわからないが日々を大切にしていきたいと思う。

 

(10代女性)


 

 

 

住野よる先生のデビュー作『君の膵臓をたべたい』で、世の中は平等であることを初めて知った気がする。病気などで余命宣告されれば、残りの人生をどう生きようか考え始める。周りの人は余命宣告された人に対して同情して、どう接したらいいのか分からなくなるかもしれない。でも、それは間違いなのだと感じた。『君の膵臓をたべたい』の本文中にも書かれているように、死ぬ可能性はみんな平等にある。突然、交通事故にあうかもしれないし、犯罪や事件に巻き込まれるかもしれない。余命がないからといって、今日明日に死ぬことはないという保証はどこにもない。

 

余命宣告されれば、死が急に近づいたように感じられるが、そうではない。健康でも不健康でも、人が死ぬ動物である以上、私たちはいつも死と隣り合わせだ。この作品は、そのことを教えてくれた。自分の死、というものも隣り合わせにある。あまり実感はないが、そう思うようにした。今まで、特に最近はだらだらと毎日を過ごしていた。しかし『君の膵臓をたべたい』を読んでから、自分にも時間はないかもしれないと考えるようになり、このままでは良くないと思った。

 

いつ死が訪れるのかなんて分からない。分からないから、日々をもっと楽しんで、人生を謳歌するべきだ。後から後悔しても、死んでしまったらどうしようもない。だから、私は自分の人生をもっと楽しもうと考えた。興味はあったけど、なかなか手を出せなかった護身術に挑戦してみた。本を読む前は、歳をとってからでも始められると考えていた。大人になったらやってみよう、と考えていたものは多くあった。しかし、30代、40代まで自分が生きているかなんて分からない。死ぬ直前に、あれもこれもやっておけばよかった…なんて後悔することばかりになりそうだと思った。

 

やりたいことは、今やるべきだ。もし挑戦してみて、何か違った…と後悔することになったとしても、やらないで後悔するよりはずっとマシだと思う。『君の膵臓をたべたい』を読み終えて、私はそう考える。

 

(10代女性)


 

 

 

私は去年入院してた時に「君の膵臓をたべたい」を読んでみてとても感動的で面白く記憶に残りやすい素敵な作品だと感じれる作品だ。本の帯にも後半から泣けると大々的に書かれていたので感動系なのだとすぐにわかり感情移入しやすい話である。話の内容は主人公の少年と膵臓の病気をもつ少女との物語だ。最初はただの同じクラスというだけの何の関わりのない関係だった二人だったがある日を境に主人公の少年が少女の病気の秘密をしってしまいそこから物語が進んでいくのですが最初の二人のよそよそしい感じと少しずつ二人が仲良くなっていく感じがとてもいいなぁと思わされたものでる。

 

少女の人間性というものはクラスでも明るく元気で人気の高いというキャラクターですがその背景にはだんだんと膵臓の機能が働かなくなっていくという難病を患っているがそのことを考えながら読んでいくととても悲しい気持ちになるのがそれでも毎日を楽しみながら自由に生きている姿がかっこいいとも思えるように描かれており書き方がうまいなと実感できるものだ。特に少女が親に嘘をつき主人公の少年と旅行に行く場面が特に面白い部分である。いくら秘密を知られてから仲良くなった相手であり恋愛的関係になる相手だとは言えど男女だけで旅行に行くあたりは私にはできないことなので少々活発すぎると思えたほどだ。

 

彼女は自分の命があとどれくらい持つのかなどきっと分かっていたからこそ後悔のないようにと思ってしたことなのだとは思うのだがそれなら家族や仲のいい友人と過ごし思い出を作ったほうがいいのではないかと思わされる部分である。後半部分からは帯に書かれていた通り涙なしでは読むことが出来なかったところである。

 

主に彼女の病気が悪化し検査や入院をすることが増え刻一刻と命が削られていく場面なのだがこの場面に到達するまで彼女の病気を知ってるものは彼女の家族と少年だけだというところも彼女なりの優しさも見えてくる部分だ。最終的に彼女は亡くなってしまうのだが彼女の遺品に少年へのメッセージが残されておりそこで少年は彼女のことをどう思っていたのか気づくのだがその場面が私の一番のお気に入り箇所である。

 

(10代女性)


 

 

 

このタイトルを読んだときなんとなく内容が理解できた気がしてしまった表紙には高校生くらいの男女二人がいる病気が絡んでくる恋愛ものだろうありがちだけれどもタイトルに惹かれ読んでみたくなった初めに不思議な書き方をするなと思ったのは主人公の名前がなかなか出てこないなんと最後の方まで出てこなかったでもところどころに主人公の名前に関するヒントは隠されていたのでこんな名前だろうか考えるのも読者を楽しませる手法だったのかも知れないこの物語は男女二人の相手の名前の呼び方に対してもかなり考えて書かれている

 

これは二人の心の距離が徐々に近付きつつあることを暗に物語っておりこの手法もなかなかに珍しかった肝心の物語の内容についてだが表紙の帯にどんでん返しがありましただの本当に泣いただのタイトルに騙されないで下さいだと書いてあったが私は表紙とタイトルだけで内容が大体わかった気でいたので騙されてなどいない思い込み読み進めていった傲慢であった私も結局騙されたうちの一人だまさかあんな展開が待ち受けていたとは

 

その展開はさすがに読めなかった読み終わってみたらところどころに伏線は張ってあったのだがこの話は高校生二人から私が命がいかに大切であるかを人生はいつ終わるかなんてみな等しく平等に分かり得ないのだと教えてもらった作品である誰しもの明日が保証されていない日常生活を送る中で当たり前に気付けていたと思っていたことを本当はわかっていなかったことに気付かせてもらった

 

一日一日を大切になんて口では言えるけれども常にそれを考えてみなが生きているとは考えにくい私は常に考える必要まではないがたとえ明日私が死ぬことになったとしても後悔はしないだろうなと思っている貯金も少しながらある日記も毎日つけているでもいざとなるときっと怖い死ぬことがあらかじめわかっている人間の怖さといきなり生を奪われる人間の怖さは絶対に違うが死ぬのはきっと誰しもの怖いのだだから生きるのだだから生きたいのだ私は明日も明後日も生きたいそう思える作品だった

 

(20代女性)


 

 

 

この本の話題性とも言える題名の強烈さと、泣ける本、No.1と書店で常に紹介されていたため、気になり本を手に取ってみたのがきっかけだった。軽く立ち読みするつもりで、本を開いてみたら独特なキャラクターのやり取りに目が離せなくなり、気付けば購入していたのである。ストーリーのおおまかな展開としては、主人公の僕が偶然にも、ヒロインの桜良が余命わずかであることを知り、人生最後にやり残した彼女のわがままに付き合っていく、、という話である。いわゆる余命わずかなヒロインに最後まで添い届ける感動的な王道ストーリーを期待していたのだが、これが全く期待を裏切るものであった。

 

まず、ヒロイン桜良が自分が余命わずかな病人であることを自虐ネタとして、主人公「僕」とのかけあいを楽しんでいるのである。自分に残酷な運命が待っていると分かっているにもかかわらず、残された時間を全力で楽しもうとする「桜良」に対し、こんなにも強い高校生がいるのだろうかと驚いた。読み進めるうちに、私は自分の人生をいかにつまらなくしているのだろう、と気付かされた。思い悩んでも解決できない事は世の中にごまんとあり、だったら悩む時間を自分が幸せになれる使い方をすればいい、という考えで生きている桜良が羨ましくなった。

 

病気ではなくても自分にだって寿命はあり、限られた時間の中で生きているのである。普段から忘れているこういった意識を忘れずに、私も咲良のように前向きに生きていく希望をもらった。可哀想な悲劇のヒロインに同情し、涙を誘うストーリーと当初は予想していたが、若き少女ヒロインの生きることへのひたむきさ、自分を愛してくれた人への恩返し、その純粋さに涙することとは読む前は微塵も予想していなかった。

 

読破後に、今後の自身の限られた人生について、どう使っていくかを改めて考えさせられるとは思わなかった。生かされているのではなく、自分で生きていこうと思う作品であった。

 

(20代女性)


 

 

 

映画を見る前に、先に本で読んでいたい。そう思ったのがきっかけでこの本を手に取った。はじめはタイトルの意味がわからなかったのを覚えている。ただ、その意味がわかったとき、私は大粒の涙を流した。物語の序盤は、難病を抱えているこの話とは思えないほど、明るく楽しげに描かれていた。膵臓のこともジョークにしてしまうような彼女に、私も惹かれていたのかもしれない。ただ、その明るさの中にも見え隠れする戸惑いや不安も本当はあったのだ。

 

彼女は実は元気なのでは?と錯覚する場面もたくさんあって、でもそれは彼女が日常を手放したくない、という切実な思いから自分自身で作り出していることなのだ。それがわかり始めたとき、とたんに読み進めるのが怖くなった。ずっと彼との何気ない会話を楽しんでいてほしいと思った。

 

私はてっきり、この二人は恋人同士になるものだと考えていた。しかし、友達や恋人という言葉では片付けられないほど、もっと特別な間柄だった。秘密を共有する者同士、素敵な関係だ。二人のやりとりには、時々もどかしさを感じていた。二人とも余計なことはたくない言うのに、肝心なことを隠してしまう。

 

本当にそれでいいの?誤解されてしまう、と変に焦ってしまった場面もあるくらいだ。ただ、そんな私の心配はよそに、二人はちゃんと繋がっていたのだとわかった。それは、最後の日記、彼女が遺した遺書を読んだときだ。お互いに惹かれて、憧れ合って、好きになる。好きというのは、友達や恋人としてというのとは少し違う。

 

もっと大きな力で二人は結ばれている。結ばれる運命だった。お互いにお互いを必要としていて、自分で選んで会った。二人の最後の言葉「君の膵臓を食べたい」を見たときは鳥肌が立った。そういうことだったのか。今までたくさん本を読んできたが、タイトルに涙したのは初めてだ。彼女の最期は思いもよらない形だったが、心が通じ合えて本当に良かった。彼と出会った彼女は最高に幸せだったと思う。

 

(20代女性)


 

 

 

膵臓の病気で余命僅かな少女桜良と、少女の秘密を知る唯一のクラスメイトの少年の話である。病気の話を読むと一日一日を大切に生きなければならないと思うことが多く、この本の読後も「今日という一日を大切に生きよう」と思わされた。一日の重さというのは余命僅かな少女でも健康的な人でも変わらないはずなのに人はそれを普段意識していないと桜良の話を聞いていて改めて感じた。

 

図書委員として図書室の整理整頓をしている際、秘密を知る男子生徒から、余命僅かなのだから死ぬ前にやっておきたいことをやらなくていいのかと問われた桜良が「君も死ぬまでにやりたいことはあるでしょ。でも今それをやっていないじゃん。」と返したときにハッとした。確かに今私は余命を言い渡されている身ではないし、何事もなければ何十年もの時間がありやりたいことをする時間もたくさんあるのだが、明日かもしかしたら数秒後に命を落とす可能性がゼロではないはずなのに当たり前に何十年も生きていくことを想定して死ぬまでにやりたいことを今すぐにしていないなと感じた。

 

人はいつか必ず亡くなるのに、いつ亡くなるかをわかる人はいない。余命1年といわれた人と、健康体な人では10年後に生きている確率は異なると思いますが、明日生きている確率は同じなんだと思う。命において明日のことほど不明瞭なことはないなと感じた。余命1年と宣告されたとき「あと1年しか生きられない」と思うとともに、どこか「あと1年生きられる」と思ってしまうところがあるが、どんな状況でも明日のことはわからないし変わることもないものだと思う。

 

だからこそすべての人が今日が人生最後の日になっても悔いの残らない生き方をすべきとも思うし、逆にすべての人が何日も生きていくことを想定し、特別なことをせずいつも通りに生きていく権利があるのだと思う。桜良は一見一日の重み、命の重みを理解しているように思えた。おそらく同年代の健康的な学生たちよりは日々を大切にしていたと思う。ただ、余命1年未満というものであって「今日が最後」と常に思っているわけではない。最後桜良は悔いの残らない人生だったと思ったのだろうか。

 

そんなことを考える暇もなかっただろうか。結局人は死ぬまで一日の本当の重みに気づくことはないのかもしれない。それでもこの本を読んだのだから、今までより一日を大切に過ごしたいと思った。

 

(20代女性)


 

 

 

私が「君の膵臓を食べたい」を読んで、今を精いっぱい生きる美しさや他人との繋がり、そして命の儚さを知った。この物語は余命宣告された少女と、ただ一人その病気の重大さを知る少年の物語である。少年は最初、なぜこの少女が自分を気にかけて話しているのかが分からなかった。少女は余命を謳歌しようとこの少年を旅行や遊びに誘いだしていた。少女の親友に、旅行に行ったことを咎められたり、少女を好きな少年と喧嘩をしたり、少年には災難が降りかかっていた。

 

少年は迷惑に思いながらも、少女と一緒にいる時間を楽しんでいる様子だった。その後、あわや色恋沙汰に発展するような場面もあり、少女の余命が近づいていった。少女は病期で息を引き取り、少年は心に穴が開いたように過ごしていた。少したってから、少年は少女と知り合うきっかけとなった、手記を母親から譲り受ける。そこには、病気になってからの少女の苦悩、少年との出会い、少年との思いでなどたくさんのことが記されていた。

 

また、少女の親友と少年が仲良くなってほしいという残される人への思い。この少女は寿命宣告されてからは、精いっぱい生きた。そして、少年と絆を深めた。少年も初めての友達ということで、多くの経験をした。ここから、自分の人生への情熱や生きる思い、人とつながることが、生に直結していると感じた。自分の人生は70~80歳まで続き、なんでもできると思っている。しかし、いつ病期になるか、いつ交通事故に遭うかわからない。

 

その来るかわからない死に対して、自分はもっと一生懸命に生きていこうと思った。毎日をテレビやネットに充てるのではなく、好きな人、親友といるのもいい。知らない人と仲良くなって、知らない世界を見るのもいい。人間の生きていく過程には信じられないことがたくさんある。このことを頭に置いて生活していれば、人生はより楽しくなるだろう。そして、死に近づいたとき、自分は人生を謳歌できたと感じるだろう。

 

(20代男性)


 

 

 

私がこの本を読み始めたきっかけは、アニメ映画の宣伝を見たからだ。以前にもドラマ映画化しましたがまた映画化するほど人気なんだと思い原作の本を読んでみた。 この本を読む前は奇抜なタイトルが印象的でいつか読んでみたいな、と思っていたのである。このお話は死期の近い病気の少女と、クラスで浮いている暗い雰囲気の男の子がメインで進んだ。少女の病気のことを偶然知ってしまった事がきっかけで2人はよく遊ぶようになる。

 

最初は少女に振り回されて焼き肉やケーキバイキング、旅行など様々な場所に訪れるのだ。色々と自分に言い訳をしながら付き合う男の子は少女とは性格が真逆で、2人の何気ない会話がとても面白く印象的だ。 最初は少女に振り回されっぱなしだった少年が話が進むにつれて少女に興味を持つようになり、彼女と関わりを持つ事がきっかけで普段会話をしないクラスメイトとも話すきっけができたのだ。

 

だがそれは良い意味ではなく、クラスで人気者の少女と何故か最近仲の良い少年の事をよく思わない人もいてトラブルが起きてしまうのである。その中で少年は、今まで関わろうともしなかったクラスメイトの感情を気にするようになり、明らかに最初とは変化が出たのだ。 この本を読み始めた時は最後にこの2人は付き合う恋愛系の話だろうと思っていましたが、そんな簡単な話ではなかったのである。

 

正反対の少年と少女はたまにすれ違いながらも、お互いを尊重していた事がよくわかったのだ。最後に少女が死んでしまうが、少年に残した遺書を読んだときは読んでいた私も涙が出たのだ。少年が少女に伝えたかった「君の膵臓を食べたい」というメッセージと同じ物を、少女も少年宛に残していたかだ。2人は本音をちゃんと言葉にはしなかったが、ちゃんと心は通じ合っていたのだ。そうして少女が亡くなった後は少女の親友や他のクラスメイトとも交流を持つようになり、少女を通して少年は大きく成長していったのである。

 

(20代女性)


 

 

 

人生というのは、本当に何が起こる変わらないということを強く感じた。死は予想できるものではない。死は本当に生と隣り合わせあるということを思い知った。「病気」というキーワードから、結末はなんとなく予想ができていた。だが、結末に至るまでの過程は私の想像とは大きく違っていた。私は、現在健康であるにも関わらずいつも病気におびえている。少し体調が悪くなれば、すぐに何か悪い病気ではないかと不安になる。

 

だが、多くの病気は死までのカウントダウンができるのに対し、事故や事件では死を感じる前に死んでしまうことも少なくない。どちらの方が幸福か不幸かはわからない。だが、死を意識しながら生きることも辛いし、死に気付かずに死を迎えてしまうこと、どちらの可能性も誰にでもあることは理解しておかなければいけない。もちろん、自分だけでなくそれは親しい人や大切な人にも当てはまるだろう。

 

主人公も彼女が病気で死ぬまでに時間がないと分かっていながらも、どこかで時間的な猶予を感じていたのだろう。突然の不幸な報せは、本当にやりきれなさを感じた。自分にはないものを持っている誰かに惹かれる気持ちもよく理解できた。自分にないものを自分のものにしたいから、「君の膵臓を食べたい」という気持ちにお互いがなったんだと思う。僕と桜良が二人で福岡に旅行する場面では、私自身福岡出身であるため、二人の様子が生き生きと伝わってきた。

 

死を前にしながら死を予感させない様子に一瞬、もしかしたら桜良の病気は大したことがないのでは?と僕と同じような感想を持つほど、普通のカップルのようでうらやましかった。それと同時に、街を行く普通のカップルにも私には想像がつかないようないろいろな事情があるのかもしれないと感じた。また、名前の重要性も感じた。名前は呼ばれることによって生きたものになる。

 

呼ばれない限りはただの記号にすぎない。名前や呼び方によって、主人公二人のの心の通わせ方や距離感が段々近づいていくのがよくわかり、とても切なかった。

 

(30代女性)


 

 

 

この本が教えてくれたことは他者との繋がり方だ。桜良は僕に対して以上に仲良くなろうとしている。しかし、僕はそれに対して迷惑がっている。そんな僕も次第に桜良に向かいあおうとしていく。この二人の関係性はとても不思議と思えるが、不思議と思うことこそ不思議なのではないかと思った。二人は互いを尊敬する言葉として「君の膵臓をたべたい」を選んだ。

 

この本では膵臓とは、自分にはない相手の魅力、パワーいやむしろ相手そのものだといえよう。その膵臓を自分から取り込みたい、と互いに尊敬し合っている。これほど相手を愛し、尊敬することは現代社会においてあるだろうか。SNSの時代で、バーチャルで繋がることが多くなった現代、この二人のようにつながることは不思議、とかんじてしまうが、この二人のつながりこそが本当の人と人との繋がりではないのか、と考えさせられた。

 

また、この物語はかなり練られているなと感じた。膵臓を食べるという表現は中国の薬膳料理の考え方、「同物同治」が反映されており、カニバリズムも反映されている。こういった教養も織り交ぜているところも深いな、と思った。最後の桜良の死の遂げ方だが、物語ずっと触れてきた桜の病気ではなく、通り魔で刺されて命を終える、というなんとも切ないようなもどかしいような終わり方だ。

 

しかし、ここにこそ「日常は当たり前じゃない」という重要なメッセージが込められていると思った。桜良は僕に対して日常を求めていた。その日常は、複雑で、めんどくさい関係の中でしか感じられない。しかしその日常はいつか突然途絶えてしまうかもしれない。桜良はその日常の大切さを最後まで教えてくれたのだ。この本には重要なメッセージがたくさん織り交ぜられていて、読んでいて心を動かされるポイントがたくさんあった。

 

すこし不思議な関係性で読んでいるときは「こんなこと有り得ないだろ」と思っていたが、この関係性こそが理想なんだと読み終えてから考え直した。

 

(10代男性)


 

 

 

私がこの本をよんで感じたことは、気丈に振舞っている人であっても何かしらの闇を抱えているということである。この小説ヒロインは高校生であるのにも関わらず、死に直面するような病を患っており、もう先が長くない状態に置かれている。しかし、そのような状況に置かれても、彼女は持ち前の明るさで振る舞い、周りに対して明るく、しかも病気を悟られないように振舞っているのである。

 

そのため、周りからは「明るい」、「天真爛漫」のなどと評されていることが多い。そして、そのように評される彼女はクラスの中でも人気があり、友人は多く高校生活も充実しているように思われた。しかし、話が進む毎に主人公との対話の中で、「私は先が長くない」のような暗いセリフか出てきたりするため、何かしら病に対して負い目を感じてるのではないかと読み取れる。

 

一見天真爛漫で物凄く気さくな彼女であるが、話が進む度に負の側面も出てくる。そして、物語はクライマックスへ。病気が悪化して入院をしたが、しばらくして退院。その後主人公と会う約束を行った。主人公が集合場所で先に待っていたが、彼女は現れない。電話をしてもメールをしても反応がない。仕方なく帰路に着き、テレビをつけると、なんと彼女は連続殺人の通り魔に殺されたことが分かる。

 

物語の冒頭で彼女がなくなっている描写は存在しており、亡くなることは読み取れるが、まさか病気じゃなくて、殺されたのかと肩透かしをくらった。その後出てきた、彼女のノートには彼女の本心が描かれていた。彼女が今まで皆から評されるように気丈に振舞っていたのは病気を悟られたら普段の関係を維持出来なくなるからということが語られ、家族に対しては病気の件でキツく当たっていたことも書かれていた。

 

こうしたところから、気丈にかつ明るく振舞っている人間であっても何かしら闇は抱えているんだと感じた。それは小説の世界だけではなく、現実社会にも該当するように感じている。

 

(20代男性)

 

 

 

 

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)
住野 よる
双葉社 (2017-04-27)
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7 件のコメント

  1. 名無し より:

    ヒロインが僕といる事で恐怖を紛らわしてるという文に違和感を感じます。恐怖という感情より、僕を知りたいという感情、憧れ、などの興味の気持ちで彼と一緒にいると残した本に記されています。それに彼女は悪い意味でなく自分がいわゆる人気ものだと確信しているので死後に忘れられるなんてことを考えていたとはとても思えません。もう少しちゃんと読んでください。

  2. 匿名 より:

    じゃあ自分が書けよ

  3. 匿名 より:

    それな

  4. 匿名 より:

    人気者だからこそ、死後に忘れられることをおそれたのでは?

  5. 匿名 より:

    それなw

  6. 匿名 より:

    ちゃんと読んで下さい。だと?読み方なんて人それぞれだろ。お前こそもう少しちゃんと考えてから言ってくださいwww

  7. 匿名 より:

    お前みたいな自分の考えを押し付けるような奴が1番嫌いやわw何様や。どれ読んでもしっくりくるわ。お前みたいな奴に貶されて可哀想。

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