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読書感想文「思い出トランプ(向田邦子)」

「思い出トランプ」の読書感想文①

私が向田邦子の作品を知ったのは、社会人になってからである。当時は仕事の失敗が多く、職場の人達とも距離を縮める事が出来ずに悩んでいた。そんな時にこの本に出会ったのだ。「思い出トランプ」は3つの短編で構成されておりどれも魅力的だったが、「花の名前」はその時の私にしっくりときた。
 
主人公の常子と松男は結婚25年。見合いで出会った時、常子は松男が花の名前をまるっきり知らない事を知り、縁談を断りかけた。面白みのない男だと思ったからだ。だが、次に松男から「結婚したら、花を習って花の名前を教えて下さい」と言われる。常子と松男はその後結婚するが、常子が松男に花の名前や生活の細事をあれこれ教え、松男がそれに感嘆する日々。
 
常子は妻としての自分に誇りを持つが、そんな日々に終わりが来た。ある日、常子は松男の愛人から呼び出しの電話を受ける。彼女は、常子にご主人に内密にして会ってもらいたいと言う。彼女はつわ子という名前だった。私はこの本を読んだ当時、主人公の常子とは立場も年齢も異なっていたが、常子の気持ちは良くわかった。
 
結婚は二人で支え合って生きていくためのものと考えていたのだが、この話を読んだ時はその期待が裏切られた。常子は松男に役に立つ自分を目指し、認めてもらいたかった。夫はそんな常子を褒め、その繰り返しで日常を積み重ねていた。だが、夫の松男には会社の勤めがある。仕事に励み、同僚達や上司と繋がるのに必死だ。
 
常子が教える花の名前や一般常識も、そのために利用できるならと思って一所懸命聞いていたのだろう。常子は主婦だ。外の世界と連絡をつける手段は電話だけだが、夫に何か教えるたびに一緒に働いている気持ちになったのかもしれない。愛人のつわ子は、電話口で「つわはつわぶき(石蕗)のつわです」と常子に告げた。
 
皮肉な事に、愛人は花の名前を知る女だった。夫婦は一心同体というのを聞く事があるが、違う個性の人間が一つ屋根の下で暮らすのは努力が必要だ。夫婦だけではなく、他人と共存するためにはお互いが相手の欲する事を満たせるかどうか考えなければならないのだろう。
 
人間は基本的に独りだ。しかし、誰かと繋がるためには確約が必要になるものなのだろうか。相手の事が分からなければ悩みが大きくなり、その思いで鎖に繋がれるのは辛い事だ。それでも信じるしかないのではないか。相手が欲する事を良く聞いて、行動出来るように努力するしかないだろう。つわ子はなぜ常子を呼び出せたのか。
 
それは、自分は常子とは同等で、いつでも立場を変わる事が出来るという虚勢だと思う。自分と会った後で、常子と松男の間に波紋を起こす事が目的だったのだろう。常子はつわ子と対面した後、松男を責めた。松男は、つわ子とは「終わった話だよ」と言うが定かではない。つわ子の名前のつわは花の石蕗からとったものだ。
 
その事実が、この短編全体の象徴である。常子は夫の背中から「花の名前、それがどうした」という言葉を感じ取る。それは25年間で変わってしまったか、または偽っていた夫の、妻へのたった一つの文句ではないか。私はそう思う。
 
(40代女性)

「思い出トランプ」の読書感想文②

この短編小説に出てくる人たちは、一般の人たちばかりだ。世界を救うスーパーヒーローも出てこないし、素敵な恋愛が始まるものでもない。私が今日通勤電車で会ったような”普通の人たち”が抱える、狂気ともいえる側面のお話だ。個人的には、スーパーヒーロー物も恋愛ものも、わくわくするものが大好きなのだが、たまには日常にフォーカスした作品も読んでみようかなと思ったのがきっかけだ。
 
本の背表紙にかかれている文章に惹かれたというのもある。実際に読んでみると、登場人物はみな何か知らの負の側面を持っていて、そこにわざわざフォーカスするような作品だった。正直なところ読了まで、一度もわくわくしなかった。しかし、読みながら妙に惹かれていく自分に気が付いた。
 
なんで惹かれているんだろうと考えてみると、向田さんが書く人物の人間臭さが何か憎めなかったかららしかった。この短編小説のなかでは、結婚や家族、不倫というありがちなテーマが取り上げられているように思う。ただ向田さんが書く人物があまりにも人間臭いので、その状況がより(人間的な意味で)面倒くさく、汚らしく、みすぼらしく見えてくる。
 
それがなんだが妙にいいなと感じたのである。当然、会ったことも見たこともない男性や女性の生活臭や言語化出来ない感覚まで伝わってくるような気がした。どこにでもいる人々が、なんだが妙に身近で憎むべきところも愛すべきところも見えてくるような感覚になったのである。
 
さらに不思議なことに、今日私が電車で駅で仕事先で会った、所謂普通の人たちの奥行きを想像したくもなってくるから不思議である。これもまた向田さんが、ただの人のただの日常に、陽からも陰からも光を当てて執筆していたからなのかなと思ったりもした。
 
少し話は変わるが、私は20代で向田さんが脚本を書いたドラマを見た世代ではないし、この本が初めて触れた作品である。ふと思ったというか、思ってしまったのが向田さんは、こういう日常の、それも「ネバっとドロっと」生活臭のする作品を書いていて面白かったのかなということだ。これに関しては、”その人の好み”の一言で片づけてしまえば、それまでかもしれない。
 
ただ小説のような空想的でせっかく自由な側面があるものなのに、ある意味で周りを見渡せば見えてきそうなものばかりを書いていたら、少し詰まらなそうだなと思ってしまったのも正直なところだ。普段触れないタイプの小説に触れて、いい機会になったと思う。
 
(20代男性)

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