「高瀬舟」の読書感想文②
僕は喜助を罪に問うことは良くないと思います。 何故なら、近所のばあさんが見て取った光景はただの人殺しにすぎないけれども喜助は弟を苦から少しでも早く楽にさせたいという思いで弟を殺したからです。
つまり、喜助は弟を救いたいという善意が人殺しという形で現れ、罪になってしまいました。
もし、私達が喜助の立場になったらどうするでしょうか。おそらく、全員が殺すと思います。
半殺しの状態の弟に、「早くしてくれ。」などと言われては全員が少しでも早く苦から救ってやりたいと思うでしょう。ましてや、剃刀に手をかけてやった時の弟の嬉しそうな顔を見てしまったら、少し前まで殺すということに躊躇っていた人でも迷いなく殺すと思います。
そして私達は弟を苦から救ってやったと安堵するのです。喜助も私達と変わりありません。だから自分の起こした行動に悔いがないからこそ、高瀬舟での態度が他の罪人とは違い、「遊山舟にでも乗ったような顔」をしているのです。
こんな兄弟愛に満ちた人殺しを他人が勝手に簡単にただの人殺し一言で済ませ、人殺しの罪にかけていいはずがありません。
ですがそれでも、人殺しには変わらず罪を償わなければならないのです。 僕はこの作品を読んで、相手のことを想っての善に溢れた行動でも、世の中では、何の意味もなく、悪と判断されるという仕方のない不条理が少なからずあるということに痛感しました。
(10代男性)
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