読書感想文「西の魔女が死んだ(梨木香歩)」

私は大学受験に失敗し、あまり行きたいと思わなかった大学に進学することになり、かなり落ち込んでいた。入学後は、大学をやめようかどうか本気で悩んでいた。そのころに出会った一冊の本が、「西の魔女が死んだ」である。

 

もともと自然が好きで、自然の中での生活にあこがれていた私は、「西の魔女が死んだ」の世界観が大好きになった。自分も、主人公のまいと、まいの祖母と一緒に、自然の中にいるよな感覚に陥ったものだった。自然の中で生きて、自然の中でできることをしているおばあちゃんが、とても大好きだ。

 

俗世と離れて暮らしている感じだったり、人間そのものの生き方を表しているような感じだったりがしたのである。そして、物語も、当時の私にはとても興味がわくものであった。なぜなら、主人公のまいは、学校で友人とうまくいっていなかったのである。私も当時友人とうまくいっておらず、年齢は違えど、とても親近感がわいたものであった。

 

まいは、学校の友人とうまくいっていなかったために、おばあちゃんの家でゆっくり過ごすことにするのである。私もそのようなことをしてみたくなったが、「西の魔女が死んだ」を読んでいるだけで、一緒に現実逃避している気分になれた。

 

おばあちゃんは、ストレートにまいに学校のことを聞くことはせず、ただ、魔女になるための魔女修行を教えてくれた。まいがまいであることを認めてくれた。私も一緒に認めてもらっているような気がした。

 

まいとおばあちゃんは、悔いの残るような別れ方をしてしまったが、それ以上に教えてもらったものの方が大きかったから、まいにとってはおばあちゃんとの思い出は、本当に良い思い出だろう。私は「西の魔女が死んだ」にはまってしまい、あっという間に読み終えてしまった。

 

そして、読みながらまいと一緒におばあちゃんの話を聞き、魔女修行をし、少しだけではあるが、精神的に成長できたと思う。少なくとも当時の私は、「西の魔女が死んだ」から勇気や元気をもらうことができ、大学をやめようという気持ちはなくなった。

 

そもそも大学をやめたくなった理由は、友人関係がうまくいってなかったからであり、大学そのものではなかったということもある。しかし、私にとって友人関係がうまくいかないことはとても大きく、本当に悩んでいたのだ。「西の魔女が死んだ」を読み、私は私でいいし、無理に友人をつくったり、友人と仲良くしたりしなくても良いのだということがわかった。

 

そんな気持ちで大学生活を送るようになってから、不思議と、友人ができるようになった。心から分かりあえる友人である。考え方や気持ちが一つ変わるだけで、生活もこんなに変わるものなのかと驚いたのを覚えている。今でも、自分の生き方に自信をもって生きることができているのは、「西の魔女が死んだ」を読んだおかげなのではないかと思う。

 

(20代女性)

 

 

マイは外国人のクォーターであるため、小学生の少女たちの中では何かと浮きがちな少女だった。しかも新学期の日、女子の恒例である「グループ作り」を努力することに疑問を感じ、グループに入らなかったことから、孤立そしてイジメへと発展していく。

 

この話の冒頭から、すでに私は心を掴まれていた。なぜなら私もかつてイジメにあった事があったからだ。しかもマイと同じようにグループ作りに疑問に思ったのも一緒だった。行きたくもないトイレに行き、好きでもないアイドルに話をする。

 

少しでもグループから逸脱する行動はNGとされる、あの独特で厳しいルール。子供たちは大人とは違い、白か黒かで分けやすい。グレーというモノが存在するということを理解していないのだろう。だから白ではなかったら黒として一斉に攻撃してしまうのだ。

 

深く傷ついたマイは不登校になる。母親は自分もかつてはハーフとして学校に馴染めなかった事から、マイに登校を強制する事はなかった。しかし「感受性が強すぎるのよね。生きにくい子。昔から扱いにくい子だったわ」と、電話で父親に話ているのを聞いてより傷ついてしまう。ここのマイの気持ちも、母親の気持ちもわかる。

 

昔この本を読んだのは大学生の時で、その時はマイの気持ちしか分からなかった。母に自分を否定されるのは、とても悲しいことだ。傷ついている時にはなおさら。しかし、それから子を産み育てている現在は母親の気持ちもわかるようになった。

 

母親として子を愛している。でもだからといってマイナスの感情を全く持たない、なんて人である以上はないのだ。子は、親はどこか完璧な無償の愛情を持っていると思ってしまう。だからそうではない時に傷ついてしまうのだ。

 

マイはその後、静養として外国人の祖母の暮らす田舎へ行くことになった。そして到着の時に祖母は力強く言うのだ。「マイと一緒に暮らせるのは喜びです。私はいつでもマイのような子が生まれてきてくれたことを感謝していまいしたから」その一言に私はマイと同じように感動し、喜んだ。

 

そして、このような事を言ってくれる人が、あのイジメられた時に居てくれたら…。それだけで人生が変わっただろうと思った。一貫して祖母はマイを優しく深い愛情で包み込む。その中で祖母は生きていくための心構え、考え方、生活の基本をマイに教え、マイを強くしていくのだ。

 

最初に読んだときは、自分がマイになったつもりでイジメられた時の傷を癒しているような感覚だった。本の中の祖母に抱きしめられていた。だが今は、この祖母のように子を愛していきたいと思う。

 

人だからマイナスの感情があっても、子を愛しているのだ。その事を常に子に伝えていかなければと思う。自分が完ぺきではない傷ついた子だったから、分かる。愛情は常に伝えていかなければ分からない時もある。

 

そして、愛情は子供にとってその後の人生で大きな財産になる。マイもその後の人生で、自信をもって生活している。私の周りの自信のある人は、親にとても愛されていた人が多い。私は子どもが大人になるまでに、あの祖母のような愛情を沢山与えて、子どもの財産を増やしてやりたいと思っている。

 

(30代女性)

 

 

この話を映画で知った人も多いだろう。私も過去に映画館で観て感銘を受けたものだ。物語の始まりは主人公が母親に「西の魔女が死んだ」と、葬儀に出掛けるのだ。そこから、彼女の回想が始まる。

 

この主人公「まい」は私とよく似ていた。当時私は彼女と同じ様に、周りから孤立し、荒んだ心情であった。彼女の孤独感と私の虚無感は、自然と私の中に染み渡った。祖母からの優しさ、何も無いところでの生活の不安感、そして何より「おばあちゃんは魔女である」と言う事が、私を物語の中に引き込んだのだ。

 

しかし、まいの祖母は至って普通のお婆ちゃんだ。けれども自然を愛し、木の実やご近所付き合い、果てはまいの生活習慣に丁寧にケアしてくる。付かず離れず、そっとそばで見守り、自然の恵みを感謝する彼女の姿は、私の祖母に被って見えた。

 

ならばうちの祖母も魔女なのではないか、と、当時の私は考えたものだ。まいは私で魔女は祖母。そんな不思議な感覚が、私を捉えて離さなかった。そんな魔女からの教えを、当時の私は色々試した。まず「早寝早起きをすること」だ。

 

ガタガタの生活習慣であった私は直すのに一苦労した。だが、魔女のいう事だ。呪いだなんて信じてはいないし、作中の人物が自分にかけてくるなんて思ってもいなかった。しかし、当時の私は頑張って、なんとか人並みの時間に起きれるようになったのだ。第一関門クリアである。

 

次は「全ての事に感謝する」ということ。言われてみれば、些細な事でも感謝をしてただろうか。そう思い返し、再び意識して生活してみた。するとどうだろう。家族の顔が日に日に明るくなっていった。そして、コチラにも感謝の言葉が返ってきたのだ。

 

これにはとても驚いた記憶がある。ほんの些細な一言で、こうも人は変わるのか、と。ここまで来ると、この本は私にとって人生の教本なのかも知れない。魔女がまいに教えてくれた事は他にも色々あった。同じ様に、私も祖母に沢山教わった。

 

それが全て正しい事であるかは分からない。だが、魔女の意思は私の中にしっかりと刻まれたのだ。それ以来、落ち込んだ時はこの本を手に取るようにしている。何故ならそこに祖母が…魔女が居て、私を励ましてくれるからだ。

 

(20代女性)

 

 

 

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