読書感想文「蜘蛛の糸(芥川龍之介)」

この作品を読んで感じたことは、人間であればほとんどの人がこの作品に出てくる地獄の罪人カンダタのような状態にもしなったら、きっとみんなカンダタと同じことを言うと思う。中には心がとても広くてそう言わない人もいるかもしれないが、私だったら、カンダタと同じように「自分の所に来た糸なんだし、こんなに人がぶら下がったら糸が切れちゃうからみんな降りろ。」と言うはずだ。
 
きっとみんなそう言うと思う。だからこの作品では私は地獄へ落ちる。きっとみんなも地獄へ落ちる。極楽へ行ける人はほんの一握りだと思う。だから極楽なのだろうか。この作品では極楽から地獄を見下ろす感じで見ることが出来るが、地獄からは真っ暗で極楽を見上げることが出来ない。極楽は光があって明るいが地獄は光がなく暗い。この事は景色や周辺の明るさだけでなく、心の中の明るさも表していると思う。
 
その理由は地獄では針の山や血の海でかなり暗い気持ちになるのに対して、極楽では、「極楽」と言う所に居ると思うだけで気分が良くなる気持ちになるだろう。「極楽」と「地獄」の差は何と言っても罪を犯したか、そうでないかだ。だから前文で地獄行きと言ったが、我々は罪を犯してはいない。だから極楽へ行けるだろう。さらに極楽と地獄では物の見方が全く違うと見える。
 
この作品の中では、蜘蛛の糸でも、極楽ではただの糸だとしか思われていないと思うが、地獄では銀色の蜘蛛の糸と表現されている。これも大きな差だろう。極楽と地獄の共通点があるかと考えたが、共通点は見つからなかった。私が罪を犯すか犯さないかでもし極楽と地獄に分かれてしまうのなら、もし分かれないとしても罪は何の得もなく、損しかない。次に私は蜘蛛の糸は蜘蛛の糸でも、蜘蛛の心の糸だと思った。
 
その理由は、カンダタの蜘蛛を助けるというとても優しい心にに対して、その糸は何人もの人はぶら下がっても切れない強い糸になったが、自分だけが地獄から抜け出し、自分一人だけが極楽に行こうとする、とても貧しい心がその蜘蛛の心の糸を弱い物にしてしまったから、蜘蛛の心の糸だと思ったのだ。最後にこの作品はとても短い文章であったが、内容は深く、様々な考察ができる。
 
この作品では人間の貧しい心や自分一人が得をしたいという醜さや罪人は上から見下され、天と地に分けられ差別されることが書いてあった。作品を読み終わった時、テレビから流れていた犯罪のニュースを聞いて、「罪」とは何か考えさせられた。
 
(20代女性)
 
 
 
 

 
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